【小林正観】もうひとつの幸せ論【紹介】

    

    

もう

  

ひとつの

  

幸せ論

  

  

Finding ture happiness

  

  

  

  

99%の人が

教えられてきた

「一般的な価値観」とは

  

  

  

私たちは、

子どものころから、

「あるひとつの教育」

を受けて育ってきました。

   

   

   

それは、

「今、足りないものを

 リストアップして、

 それを手に入れたら幸せだが、

 手に入れられなければ不幸だ」

という価値観です。

  

   

   

たとえば学校で、

「数学が不得意」

といえば、

数学を頑張って勉強しろ

と言われる。

   

  

  

  

「漢字の書き取りが不得意」

といえば、

漢字の勉強をして

もっと漢字ができるようになれ

と言われる。

  

   

   

「根性が足りない」

ということになれば、

「根性を持て」、

「もっと努力しなければいけない」、

「もっと頑張らなければいけない」

と言われることになります。

   

   

    

「ここが足りない、

 あれが足りない。

 足りないものを

 手に入れるために

 努力をしろ。頑張れ。

 努力しないヤツはダメだ」

  

という価値観を叩き込まれました。

   

    

    

「洗脳された」

といってもかまいません。

   

    

    

私自身、子どものころ、

父親からそういう

「洗脳教育」

を徹底的に叩き込まれました。

    

   

  

   

「努力しないヤツはダメだ」

  

「頑張らないヤツはダメだ」

   

「そういうヤツは、

 社会的な価値がないんだ。

 生きていても意味がないんだ」

  

と、何十万回、

父親に言われたかわかりません。

  

  

  

  

   

  

99%の人がそうであるように、

家庭でも学校でも

そういう教育を受けました。

   

  

  

   

ですから、

私も昔は、

世の中には

「そういう価値観しかないんだ」

と思い込まされて育ってきました。

  

  

  

  

  

  

「人間の価値」

を教えてくれた

長女の存在

  

  

  

   

普通だったら、その

「ひとつの価値観」

だけで一生涯を

終えていたことでしょう。

   

   

   

私にとって幸運だったのは、

結婚して3年後に、

やっと生まれた長女が、

知的障害児であった

ということでした。

  

  

  

  

この子には、

「欠点」を指摘しても、

意味がありません。

  

  

  

   

そもそも

「欠点の意味」が、

彼女にはわかりません。

  

  

  

   

なぜ、努力をしなければいけないのか?

   

なぜ、頑張らなければいけないのか?

   

その「意味」がわかりません。

  

  

  

  

ただ彼女は、

ニコニコと楽しそうに、

私たちに微笑みかけるだけでした。

  

  

  

   

私たちは、

ずいぶんこの子によって

癒されました。

  

  

  

  

  

いろんな事件もありましたが、

この子をずっと見ていて、

この子とつきあっていく中で

わかったこと…。

  

  

  

  

  

それは、

「人間の価値」は、

努力すること、

頑張ることでは

決まらないということ。

  

  

  

  

  

人間の価値は…、

「そこにいるだけで喜ばれる存在になる」

こと。

  

  

  

  

  

「そこに座っていてくれるだけで

 まわりの人がやすらいだり、

 静かな気持ちになったり、

 穏やかな気持ちになったり、

 温かい気持ちになったりする、

 そういう存在になる」

こと。

  

  

  

  

  

  

  

つまり、

笑ったり、感謝したり、

頼まれごとをしたりすることで、

よき仲間に囲まれて、

喜ばれる存在になることこそ、

人間の価値であり、

人生の目的であり、

だからこそ、

人生は楽しむためにある

ということでした。

  

  

  

  

  

  

人間の価値、

人間の幸せには、

実は、

「もうひとつ別の世界があった」

ということが、

この長女と暮らす中で

わかったのです。

  

  

  

  

  

 

一般的に教えられていた価値観には、

「今、足りないものを挙げつらねて、

 それを手に入れるために努力する、

 頑張るという人間の価値、生き方」

というのがあります。

  

  

  

  

  

それはそれで否定はしません。

  

  

  

 

しかも、

世の中の価値観は、

99%がそのようにできあがっています。

  

  

  

  

ほとんどの人がそう思わされ、

そういう教育を受けてきました。

  

  

  

  

ですが、

「もうひとつの価値観がある」

ということに気がついたのです。

  

  

  

  

それは、

今、足りていない10個のもの

を追い求めるのではなく、

すでに与えられている9990の恵み

に、感謝をすることです。

  

  

  

  

今、足りないものを

10個挙げつらねて、

「それを手に入れるまでは不幸であり、

 手に入れたら幸せだ」

という価値観も、

たしかに存在しています。

   

  

  

  

そういうことで

幸せを感じたり、

満足感を感じたりする人も

少なくはないのでしょう。

  

  

  

   

けれども、

足りないものを挙げつらねる

99 %の人々とは逆に、

「もうひとつの幸せ論」

というものに目覚めている

「1%の人々」

が、実はいるのです。

  

  

  

  

それは…、

今、自分がどれほど

たくさんのものに

恵まれているか今、

自分がどれほどたくさんの

よき仲間に囲まれているかその、

今の自分の状態に、

感謝をしながら

生きている人々

です

  

  

  

  

   

今、すでに

恵まれている

たくさんのものに

「感謝」する

  

  

今、足りないものを

10個リストアップして、

探し出す。

   

  

それを一覧表にする。

  

  

それにもエネルギーが必要です。

  

  

  

ましてや、

それを手に入れるとなれば、

もっとエネルギーが

たくさん必要です。

  

  

  

  

しかし、

「すでに恵まれている9990のもの」

のうち、

そのいくつかにでも気がついて、

   

それをリストアップし…、

今、自分はこんなに恵まれているんだ

今、自分はこんなによき仲間に囲まれているんだ」

ということに気がついたとき、

私たちはいくらでも

感謝をすることができる

のです。

  

  

  

  

  

   

知的障害を持つわが子ですが…、

その子は1人で食事ができます。

   

  

   

1人でお風呂に入ることもできます。

  

トイレも1人で入ることができます。

  

勤め先に自分1人で行き、

勤め先から自分1人で

帰ってくることができます。

  

  

  

  

  

洗濯物を取り入れて、

きちんとたたんでいる姿を見て、

私は感動したことがありました。

  

  

  

  

  

日常生活がなかなか自由に、

自分1人ではできない

障害を持つ人も

たくさん知っています。

  

  

  

  

  

ですが、

我が家の子どもは、

日常生活を送る分には、

何の支障もありません。

  

  

  

    

自分で「したい」

と思うことは、

自分1人でできるのです。

  

  

  

  

  

たくさんの恵みを

神から与えられています。

  

  

  

  

  

ですから、

私は、この子に、

「こうなってくれ」

「ああなってくれ」

という気持ちは

まったくわいてきません。

  

  

  

  

  

たくさんの恵みを

神様からいただけていることに、

ただただ感謝をするのみ

です。

  

  

  

  

  

すでにたくさんのものを

いただいているので、

「ありがたい」

「感謝だ」

というふうな見方をしています。

   

  

  

  

   

  

なので、

今、足りないものを

挙げつらねて、

    

「あれもほしい」

「これもほしい」

という気持ちは、

まったくありません。

  

  

  

  

  

なぜなら、

たくさんのものを

いただいているのに、

    

「あれをよこせ」、

「これをよこせ」

というのは、

どうも違うと思うのです。

  

  

  

  

  

  

  

「夢」や「希望」は、

人間の向上心から

くるものなのか?

  

  

  

「夢」や「希望」

という言葉を

検証してみます。

  

  

  

  

「夢」や「希望」

というのは、

もしかすると…、

     

足りないものを

あれこれ挙げつらねて、

もっとほしい、

まだまだほしい、

手に入れたいと言っていること

にほかならないのかもしれません。

  

  

  

  

  

希望

という

「聞き心地のよい言葉」で、

実は、私たちは、

欲望をかきたてられ、

要求を宇宙に向かって

突きつけるのがいいことだ、

とずっと洗脳させられてきた

のかもしれません。

  

  

  

  

  

それとは逆に

「今いただいているものに感謝」

という概念が

あちこちに入り込んでくると、

「夢」や「希望」

というものが、

いちじるしく減っていくこと

に気がつきました。

  

  

  

  

  

  

人間は、

「今、いただいているものに気がつき、

 感謝をはじめる」と、

あれがほしい、

これがほしいという気持ちが、

いちじるしく減っていく

ようなのです。

  

  

  

   

  

「でも、人間には向上心が必要ではないのか」

と言う人がいます。

  

  

  

  

一般的にいわれる

「向上心」というものは、

本当に必要なのでしょうか?

  

  

  

  

「あれをよこせ、これもよこせ、あれもほしい、

 これもほしいと言っている人間の向上心」

というものと、

「あれに気がついて感謝」、

「これに気がついて感謝」、

「まわりの人に感謝」、

「天上界の方々に感謝」

をしている人の向上心と、

どちらが本当の向上心なのでしょうか。

  

  

  

  

   

世の中の出来事というのは、

1人でできることなどは、

たぶん、ひとつもない

のではないかと思います。

  

  

  

  

   

すべてのことは全部、

 自分以外の方々のおかげで

 成り立っている

    

そこに気がついて

感謝すること

   

のほうがむしろ、

人間として向上すること

なのかもしれません。

  

  

  

  

  

自分の「我」で、

自分の「意思」で

何かを手に入れたいと思うことが、

はたして向上心といえるのかどうか、

よく考えてみたいところです。

   

  

  

  

  

「もうひとつの幸せ論」

を実践する1%の人々

  

  

  

そうやって、

40年ほど、

宇宙のしくみ、

構造などに

興味を持ち、

研究を続けてきましたが、

その結果、

わかったこと。

  

  

  

  

  

幸せというものは…、

    

今、足りないものを探して、手に入れること

ではなくて、

     

「自分がすでにいただいているものに感謝し、

 自分が恵まれていることに気がつき、

 嬉しい、楽しい、幸せ…、

 と生きていること」

   

なのです。

  

  

  

  

  

そして、

そのために

「実践」することは…、

    

思いを持たず

よき仲間からの

頼まれごと

をただやって、

どんな問題が起こっても、

すべてに感謝する(受け入れる)

ことであり、

   

   

そ・わ・かの法則(掃除、笑い、感謝)

を生活の中で実践することであり、

    

ありがとう

を口に出して言い、

   

逆に

不平、不満、愚痴、泣き言、悪口、文句

を言わないことなのです。

  

  

  

  

すると、

すべての問題も出来事も、

幸せに感じて

    

よき仲間に囲まれる

ことになり、

喜ばれる存在になる

   

  

これこそが

「人生の目的」であり、

「幸せの本質」なのです。

  

  

  

  

  

  

  

99%の人々が教え込まれてきた

「一般的にいわれる幸せ論」

  

  

  

ではなく、

1%の人々が実践する

「もうひとつの幸せ論」

  

を実践してみてはどうでしょう?

  

  

  

   

  

すでにいただいているもの

に気がついて感謝すること

ができれば、

もうすでに

「十分幸せ」

なのです。

   

  

  

  

  

そしてそういうことに気がつき、

「もうひとつの幸せ論」

のほうに移っていった場合、

   

  

競うことも、比べることも、争うことも、

1番になることもない

ということがわかってきます。

  

  

  

  

  

しかも、

  

宇宙の法則

  

としては、

  

感謝の量が多い人ほど、

 天上界の方々の支援、

 応援を受けられる

  

ようなのです。

  

  

  

  

  

あれをよこせ、

これをよこせ、

あれもほしい、

これもほしい

と言っている人は、

実は、

それを「夢」や「希望」

という名前で呼んで

ごまかしているだけです。

    

   

  

    

本当は、

「今、自分を取り巻いている状況が気に入らない」。

  

  

   

   

天上界の方々が

今の自分の現状を

つくってることに

「自分は気に入らないんだ」

と、宣戦布告している

のかもしれません。

  

  

  

今、すでにたくさんのもの

をいただいている。

  

  

  

  

  

それに気がつき、

感謝。

  

  

   

   

  

そして、

ありがとう

をたくさん口にしている。

  

  

  

  

   

そういう人に対しては、

天上界の方々は

  

「あぁ、気がついているのか。

 それならば、

 もっと応援してあげようかな」

  

と思ってくれるような気がします。

  

  

  

  

  

  

私のまわりには、

今、この

「もうひとつの幸せ論」

で生きている人がたくさんいます。

  

  

  

  

  

  

99%の人々が教え込まれてきた

「一般的にいわれる幸せ論」

ではなく、

1%の人々が実践する

「もうひとつの幸せ論」

で生きている人のほうが、

はるかに幸せそうです。

  

  

  

  

  

   

この本を

読み終わったあなたは、

読み終わっただけで、

ものすごく幸せに囲まれている

かもしれません。

  

  

  

   

  

ものすごい幸せを

感じているかもしれません。

  

  

  

  

  

なぜならば、

「幸せの本質」とは…、

     

何かを手に入れることではなく、

 すでに幸せに囲まれていたこと

 に気がつくだけ

だったからです。

  

  

  

  

     

さぁ、この本は、

「秘密の花園」

の入口である

「もうひとつの幸せ論」

です。

  

    

  

  

少数派ではありますが、

こちらの幸せ論は、

「ラクで楽しい幸せ論」

です。

  

  

  

  

どうぞ、

遠慮なくお入りください。

  

  

  

  

出典:もうひとつの幸せ論

  

  

  

  

  

  

  

  

おしまい

  

●人生は、

 努力するものではなく、

 「楽しむためのもの」

   

  

●日本人は

 「比べない、競い合わない、争わない」民族

   

  

●病気が治った人の共通項は

 「病気に感謝」している人々

  

  

●よき仲間を得ることは、

 聖なる道の「すべて」である

  

  

●親の思い通りに子どもを

 育てないことこそ、

 最良の子育て

  

  

●事故、病気、災難が起きるのは

 「魂の成長」に必要だから

  

  

●人間には

 「喜ばれると嬉しいという本能」

 が与えられている

  

  

●掃除・笑い・感謝をすると、

 お金・健康・よき仲間に囲まれる

  

 

など、

ほとんどの人が教えられた

「一般的な幸せ論」ではなく、

100%幸せな人々が実践する

「もうひとつの幸せ論」

  

   

「人生の目的」とは

「喜ばれる存在になること」です。

   

   

「思い」を持たず、

「頼まれごと」をただやって、

どんな問題が起こっても、

すべてに感謝することであり、

「ありがとう」を言い、

「不平、不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」

を言わないことで、

「よき仲間に囲まれ」て

「喜ばれる存在」になる

  

  

   

……これこそが

「人生の目的」

であり

「幸せの本質」

なのです。

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まわりがどうであれ、気にしない。心穏やかに、楽に生きるための思考法

まわりがどうであれ、

気にしない。

心穏やかに、

楽に生きるための思考法。

  

  

どうしても人と比べたり、

妬んだりしてしまい、

そんな自分に落ち込む――。

  

  

心がざわざわと不穏な音を立て、

つらい気持ちになっているあなた。

  

  

まわりを基準にして

自分の立ち位置を確認していると、

心はいつまでも不安定なまま。

  

  

「自分は自分の人生を生きている」

という実感や自己効力感を得ると、

心は穏やかになり、

楽に生きられるようになる。

  

特別なことはなくても、満たされている。

  

  

いろいろな人に支えられて、生かされている。

  

  

まわりがどうであれ、気にしない。

  

  

そんなふうに変われる。

  

  

  

■どうしてもまわりを気にしてしまうあなたへ

  

あの人に比べて自分は劣っている。

 

こうあるべきなのに自分はそれができない。

 

他者を通して自分の価値を判断したり、

自分のあり方を社会の常識に

当てはめようとしたりしていると、

あなたの幸せはどんどん遠ざかってしまう。

 

まわりがどうであれ、気にしない。

 

 

以下で、

あなたが心穏やかに、

楽に生きるための思考法を

ご紹介。

  

  

■人に対して

  

自分の幸せを他人基準で

決めてしまってないか?

  

誰かよりも優れていることに

価値があると思ったり、

他者が自分の思い通りに

動いてくれることを期待したり。

  

人がどうであれ、

自分という軸がしっかりと

ぶれずにいることが大切。

  

 

■比べない 

  

他人と比較して自分の位置を確認しても、

不安や悩みしか生まれない。

  

あなたには、あなたにしかない価値がある。

  

日々の行いは必ず誰かの役に立ち、

まわりまわって誰かの人生を支えている。

  

自信を持っていい。

  

  

■求めない

  

「○○されたい」

と相手に求めるだけの人間関係は、

いつまで経っても一方通行のまま。

  

それなのに

「裏切られた」

「思い通りにならない」

と嘆くのは賢明ではない。

  

まずは自分から心を開く。

  

好かれたいのなら自分から好きになる。

 

慕われたいのなら自分から慕う。

  

  

   

■妬まない

  

いわゆる「勝ち組」

という人たちを見て、

みじめに思わないこと。

  

あなたが見ているのは、

表面的なほんの一部分だけ。

  

人からの評価とは、

あいまいで移ろいやすい。

  

環境や周囲の人間によって

ころころと変わる。

  

  

そんなものに振り回される必要はない。

    

もし結果をもたらさなかったとしても、

あなた自身が努力している自分を見てる。

  

それだけで目的を達成できている。

  

  

   

■怒らない

  

誰かに何かを託して、

思うような結果につながらないとき。

  

その責任は、相手にではなく、

お願いをした自分にあることを

忘れてはならない。

  

相手に望みすぎても求めすぎてもいけない。

  

それでも怒りがわき上がってきたら、

怒ることにどれほどの

メリットがあるのか考えてみる。

  

相手のためにではなく、

自分の平穏のために、

心を大きく構える。

  

  

  

■モノゴトに対して

  

自分をとりまく環境だったり、

お金や所有物だったり、

あるいは価値観

といった形のないものだったり。

  

そういったものごとに対して、

あなたはどんなスタンスでいるでしょうか。

  

それらに振り回されるのではなく、

静観できることが、

心を穏やかに保つために必要。

  

  

■こだわらない

 

ものごとに対する執着心が、

自分自身を苦しめる。

  

地位や名誉、お金や評価など。

  

それらは心をすり減らしてまで

「手に入れなければならないもの」ではないはず。

  

何をもって満足とするのか、

何をもって幸せだと感じるのか。

  

人生を楽にするには、

「ほどよいレベル」をわきまえること。

  

好きでもなければ嫌いでもない、

それくらいあいまいな位置づけ

がちょうどいい。

  

  

■決めつけない

  

余計な先入観を捨て、

自分自身の心の眼で見る。

  

「こうあるべき」という決めつけは、

人生の幅を狭めてしまう。

  

「これが正しい」

「これが常識」

というのも、

思い込みでしかない。

  

今という時代に、

たまたまそう形作られただけ。

  

正解や真理はひとつとは限らない。

  

「まあまあ、それでいいじゃない」

  

「それも人生のひとつだよ」

  

というような大らかさが必要なときもある。

  

  

■しがみつかない

   

心のすきまを埋めようと、

お金や物、場所、人に

しがみつかないこと。

  

あなたの幸せは、

あなた自身が感じとるもの。

 

そのためには、

見栄や物欲、執着といった

心の荷物を下ろすこと。

  

まずは、

身のまわりから

無駄なものをなくしていくこと。

   

そうすれば

いつしか心の眼までクリアになり、

物事を正しく見ることができるようになる。

  

 

   

■自分自身に対して

  

あなたは自分自身を大切にできていますか?

  

甘やかしすぎも厳しすぎるのも、

バランス感覚を欠いたもの。

 

心の穏やかさを保ち、

あなた自身を幸せにするには、

ニュートラルに、

あるがままを認め、

受け入れることが必要。

    

  

  

■嘘をつかない

  

人間は弱さを隠すために、

無理をしたり嘘をついたりする。

  

ただし、

心や体に限界を感じたときは、

素直に弱みを見せることも必要。

  

心が安らぐ場所、

弱音を吐ける場所があると安心できる。

  

「弱さ=ダメ」ではない。

  

その繊細さ、柔軟さは、

ときに武器にもなりうる。

  

  

   

■追い詰めない

  

自分を責めるように

「わたしは○○しかしてこなかった」

と言わない。

  

視点を変えれば、

「わたしは○○をしてきた」

と堂々と言えることだから。

  

「何もしていない」ことも、

エネルギーを貯めるために

「『何もしていない』をしている」。

仕事というのは、

生産活動だけを指すのではなく、

自分の人生に与えられた使命のようなもの。

  

今やるべきことにしっかり目を向けることが大切。

  

  

   

■傷つけない

  

自分は不幸だと嘆いているのは、

幸せを見つけようとしていないだけかもしれない。

  

自分のまわりに起きていることは、

自分の心が作り出しているものだから。

  

そうやって自分自身を傷つけないように。

  

人生は晴れの日ばかりではない。

  

それでも、

自分を支えてくれる人、

無事に毎日を生きていることに感謝する。

  

そうすることで、心を穏やかに保つことができる。

  

  

  

  

■きっと大丈夫、あなたも心穏やかになれる

  

心穏やかに、

楽に生きるための思考法。

  

まわりがどうであれ、

気にしない。

  

  

それは、

「自分は自分の人生を生きている」

という実感や自己効力感を得ること。

   

  

あなたもきっと大丈夫。

  

  

幸せはあなたのすぐそばにある。

  

  

  

  

  

  

おしまい

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【小林正観】「き・く・あ」の法則、「そ・わ・か」の法則【紹介】

きくあの法則

   

き・・・競わない

く・・・比べない

あ・・・争わない

  

  

これは人間関係からの

脳ストレスにならない為の

大切な考え方。

  

  

競うことではなく

自分自身が楽しいと思えるような

生き方をしましょう。

  

  

他人と比べたり

世間の常識に縛られないで

比較することをやめた時

もともと幸せだったことがわかる。

  

  

今この瞬間を幸せに生きることができる。

  

  

争うのは

比較して求めるから。

   

  

満ち足りているのに欲しがるから。

  

  

  

  

  

そわかの法則

  

そ・・・掃除

わ・・・笑い

か・・・感謝

   

この三つが毎日の実践

  

  

そんな人を

神様は応援している。

  

  

神様はきれい好きで

笑いのある所が好き。

  

   

毎日たくさんの

ありがとうと言っているだけで

奇跡が起こる。

  

  

  

損得勘定でやって大丈夫。

  

  

  

  

  

おしまい

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【ハ・ワン】「嫌なこと」が起きたときのために覚えておきたい、心がスッとラクになる「魔法の言葉」【紹介】

「嫌なこと」が

起きたときのために

覚えておきたい

心がスッとラクになる

「魔法の言葉」

  

  

 

  

こんな不幸が降り注ぐことなんて

……あるよね~

   

   

思いもよらなかった

不幸を前にして、

僕らはこう叫ぶ。

  

  

「どうしてこんな不幸が僕に降りかかるの?」

  

「こんなことを私にするなんてひどい」

  

「どうしてこんなことが」

  

  

しかし

冷静に考えてみれば、

絶対に起きないことなんてない。

すべて起こりえること。

  

  

だから

「どうか不幸が起こりませんように」

と祈ったり、

注意したりすることはできても、

その不幸が現実に

起こってしまうことを

僕らは避けられない。

  

  

予想できなかった

事故のように、

迫ってくる。

  

  

そんな事故を

どういう心境で

受けとめたら

いいのだろう? 

  

  

望みもしなかった

人生と不幸を。

   

  

そんなときこそ、

この言葉。

  

  

あるよね~。」

  

「あるよね。」

  

あるある。」

  

  

ほんの少し

心が軽くなるはず。

  

  

  

  

   

今日も言い訳しながら

生きてます

  

   

何でもかんでも

言い訳するのは

人生をダメにする近道。

  

  

でも、

適度な言い訳は

人生をおいしくしてくれる

味の素みたいなもの。

  

  

つまり

言い訳(自己合理化)とは、

悩み多き現実社会で、

心折れずに生かしてくれる

最後の砦

  

  

どこか一方からだけでなく、

さまざまな角度から

自分を映してくれる鏡でもある。

  

  

客観的な視点に

とらわれて生きるのではなく、

少しは主観的に

生きてみたらどうか。

   

   

ひょっとしたら、

僕たちはそれができないから、

これほどまでに

苦しんでいるのかもしれない。

  

  

”客観”という言葉は、

自分ではない

第三者の視点を意味する。

  

  

客観的に人生を見つめる

ということは、

すなわち

他人の視点から

推し量るという意味。

  

  

もちろん、

客観的な観点は必要。

  

  

しかし、

まわりの視点ばかりに

とらわれすぎると、

主体的に生きられないどころか、

他人に引きずられてしまう

可能性が大きい。

  

  

自分が心から望んだもの

ではない他人の基準に合わせた人生、

他人に突っ込まれない程度の

そこそこの人生を追いかけるような、

むなしい人生になってしまう。

  

  

そんな人生、

僕たちはもう十分に生きてきた。

  

  

   

だから

これから先の人生くらい、

主観的に生きたって

悪くない。

  

  

自分だけのものさしと観点で。

  

  

  

出典:『今日も言い訳しながら生きてます』

  

  

  

おしまい

  

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【ハ・ワン】「結婚しない」という選択は「自分勝手」なのか?【紹介】

「結婚しない」という選択は

「自分勝手」なのか?

  

  

  

  

  

結婚は、自分の幸せのためにするものだ

  

ユヴァル・ノア・ハラリの

世界的ベストセラー『サピエンス全史』

には、こういうくだりがある。

  

  

進化の観点での

”成功”というのは

生存と繁殖に限って

判断されるものであり、

個体の幸せや苦痛は

考慮の対象ではないと。

  

  

すなわち、

種の構成員が

幸せであれ不幸であれ、

数さえ多ければ

成功した種とみなされるのだ。

  

  

個人個人の幸せには関心がなく、

ただ経済成長のためだけに

生ませようとするのだ。

  

  

ははぁ、そう来るか。

  

じゃあ僕も黙ってはいないぞ。

   

  

僕は種の成功には関心がない。

  

  

子どもを生みたければ生めばいいし、

経済が危険にさらされる

という脅しにもゆるぎはしない。

  

僕の幸せが第一。

  

  

非婚やディンクスに対して

「自分勝手だ」という人がいるけれど、

それのどこが自分勝手なのかと思う。

   

人類のために、

または国の経済のためにも

生むべきだ、という人こそ

間違えていると思う。

  

  

自分の幸せのためにするのが

結婚であり、出産のはずだから。

  

  

誰かのためにしてはならない。

  

  

  

  

  

自分を幸せにできるのは自分だけ

  

ああ生きろ、こう生きろ

と、僕らの周りには

余計なお世話が溢れているけれど、

正直、世間は

個人の幸せになんか関心がない。

  

  

だからこそ、

自分を幸せにできるのは自分だけ。

  

  

もちろん、

「人の親になることは、

 人生でもっとも価値があり、

 幸せなことだ」

という言葉を

否定する気はまったくない。

   

   

僕も同感。

  

  

多くの人が

経済的な理由から

結婚や出産を

あきらめなくていい社会に

なってくれることを

心から願っている。

  

  

だけど、

すべての人類が結婚して

親になれば幸せかというと

そうではないと思う。

  

  

親になってはいけない人が

親になっているケースも

実に多く見てきた。

  

  

本人も苦しいかもしれないが、

子どもはもっとつらく

苦しくて悲しいから。

  

  

  

出典:『今日も言い訳しながら生きてます』

  

  

 

おしまい

  

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【ハ・ワン】一生懸命がんばることをやめた僕が悟った「本当の経済的自由」とは?【紹介】

一生懸命がんばることを

やめた僕が悟った

「本当の経済的自由」とは?

  

  

  

「お金こそが自分を自由にする」という勘違い

   

ふと、『魂の退社』(東洋経済新報社刊)の著者、

稲垣えみ子のことを思い出した。

  

  

大手新聞社に通っていた彼女は、

40歳のときに会社を辞める決心をする。

  

  

そこから10年間準備をして50歳で退職した。

   

  

彼女は自分が退職に踏み切れない一番の理由が

”給料”であることを悟った。

  

  

普通ならば、

「じゃあ10年掛けて一生懸命お金を貯めて退職しよう」

と考えるが、彼女は違っていた。

  

  

それでは根本的な不安は解消されない

と予見したのだ。

  

  

そして、

給料がないという”恐怖”に打ち勝てれば退社できる

と考え、

給料と会社に対する依存度を徐々に低くしていく

ことで、ついに退職を成功させたのだ。

  

  

彼女を自由にさせたのは、

貯金でも特別な才能でもなく”料理”だった。

  

  

市場で安く買ってきた食材で料理を作り、

素朴な食卓を楽しむこと。

  

   

一日3食、毎日毎日。

  

そんな生き方を通して、

人間が本当に食べて生きていくためには、

それほど大きなお金は掛からない

ことに気づいたと言う。

  

  

お金こそが自分を自由にしてくれる

というのは錯覚だった。

  

  

むしろ、

お金は少なくても食べていける

という自信が、

彼女を自由にした。

  

  

結局、

月の給料を

ほとんど使うことなく

1ヵ月の生活が可能になり、

こうすれば会社を辞めても生きていける

と確信がもてたところで、

会社を辞めた。

  

  

  

  

本当の自由とは”依存”から抜け出すこと

  

彼女は今、

自分が心からやりたいことを

しながら生きている。

  

  

お金がたくさんあるからではない。

  

  

お金に対する恐怖に

打ち勝った者だけが享受できる自由だ。

  

  

こういうのが

本当の”経済的自由”

なのではないだろうか。

  

  

僕らが不安な理由は、

あまりにも何かに依存しすぎている

からかもしれない。

  

  

何かがないと生きていけない

と思い込みすぎている状態なのだろう。

  

  

  

  

出典:『今日も言い訳しながら生きてます』

  

  

  

  

おしまい

  

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【小林正観】言葉の力で病気を予防【紹介】

言葉の力で病気を予防

  

   

  

  

  

  

言葉の力で病気を予防。

 

  

その根拠は、

催眠術をかけた人に

「あなたの手に焼けた箸を押しつけますよ」

と言って、

焼けてなんかいない

普通の箸を押しつけると、

催眠術にかかっている人は

「ギャッ、熱い!」

と飛び上がる。

 

  

  

それだけでなく、

1,2分も経つと、

箸を押しつけところがみるみるふくれてきて、

水泡ができる。

 

  

  

人間の体は外の現実に

反応しているのではなく、

「認識」というフィルターを通して

反応しているということが言える。

  

  

こうした人間の体の反応を

「プラシーボ」効果というそうだ。

  

  

  

 小林正観さんの口癖は次のとおり。

  

  

  

「私の体は超合金、

 風邪はひかない、

 病気はしない、

 私の体は細胞グー」

  

  

  

 

子どもの頃から虚弱体質なのに小中高、

一度も休まなかったそうだ。

  

  

高校を卒業して40年間、

病気らしい病気はしていない。

  

  

風邪は10年に1度ぐらいはひいている。

  

  

でも、風邪をひいてる時間は、

2時間とか6時間ぐらいで、

すぐに治るそうだ。

  

  

大笑いができる人は

うつになりにくい。

  

 

精神的に壊れると、

体は丈夫になる。

  

  

 

生まれながらに

顔が壊れている人は

もともと丈夫だ。

  

  

  

白血病で亡くなる方は

見た目、性格、頭の良さが

三拍子そろっている。

  

  

皆さんは大丈夫。

  

  

50代、60代の人は

心配しなくてよい。

  

  

自信持っていい。

  

  

 

自信がなくても、

他人が太鼓判押してくれる。

  

  

  

  

「うつ」を持ち込んでくる霊体がある。

    

   

この霊体は、

つらい、

悲しい、

つまらない、

嫌だ、

嫌いだ、

疲れた

といった言葉を常に口にして、

笑顔の少ない人が大好きだ。

 

  

  

  

ある「うつ」の人は、

笑顔を上げて

声を上げて笑うなんて

絶対にやりたくない

と言っていた。

  

  

  

朝起きて

カーテンを開けるのも嫌いだし、

誰かの笑い声が聞こえてきたら

耳をふさぐそうだ。

    

  

ましてや

「ありがとう」なんて

言葉は絶対言いたくない。

  

  

  

うつにかかっている人が12人、

正観さんの講演を

聴きに来たそうだ。

  

  

12人に

「うつ治りたいんですか?」

と聞いたら4人は

「治りたくない」

と答えたそうだ。

  

  

  

  

治りたい人は

自分で治すことができる。

   

   

  

うそでもいいから

次のような言葉を口に出すことだ。

  

  

  

「うれしい、楽しい、幸せ、

  愛している、大好き、ありがとう、ついてる」

  

    

  

ストレスとは

思い通りにならないことだ。

  

   

  

金属疲労という言葉がある。

  

  

内部に少しずつ疲労をため込み、

ある限界を超えると、

バシャッと壊れる。

  

  

思い通りにならないことを

思い通りにしようとするから

ストレスがたまる。

    

   

ストレスは血管を収縮させ、

脳、内臓、筋肉に影響する。

    

   

脂肪の中だけは血管が通っていない。

  

  

脂肪はなかなか死亡しない。

   

   

霊体が運んでくるうつもあるが、

ストレスにようるうつもある。

    

   

うつには2つの種類があるらしい。

    

  

甲子園で優勝する学校の監督

はニコニコしている。

  

  

「楽しくやろう」

と選手をリラックスさせている。

  

  

血管が拡がり、

筋肉の端々まで血が通うので、

伸び伸びプレーする。

  

  

「何やってんだ、お前ら!」

の監督の下では

毛細血管がきゅっーと収縮する。

   

  

結果は全然違ってくる。

  

  

  

たとえ

劣勢に立っても

「きのこを食べて生き残ろう」

なんて言ってる監督のもとでは

選手もいきいきとよみがえる。

  

  

  

  

言葉は、

心に思っているより、

自分の声帯をふるわせて発した方が、

ずっと効果が出る。

  

  

  

「私の体は超合金」

と言えば、

内臓の温度が1度ぐらいは上がる。

    

     

自分でなく、

相手から

「あなたの体は超合金」

と言ってもらうと

2度ぐらい上がる。

   

  

宇宙の法則のもとに、

独身の人がベストパートナー

を見つける方法がある。

   

     

小林さんが講演しているとき、

笑い出す時間も、

笑っている間の時間も

一致する人たちがいる。

  

  

たぶん、

その2人は結婚すると、

すごく楽しい日々が待っている。

  

  

夫婦で同じ番組を見て、

妻がアハハと笑う。

  

  

 

夫がそれをあ然とみて、

十秒後にアハハと笑う。

  

  

それでは駄目だ。

  

   

平均より十秒遅れて笑う人同士だったら

気が合う。

  

   

これをジュウビョウニン同士という。

  

  

  

「てらこや」

の漢字を書かせたら、

100人中90人が

「寺小屋」と書くそうだ。

   

正解は「寺子屋」。

  

寺子とは

お寺の境内で遊んでいる子どものこと。

   

  

  

そんな寺子たちを慈しみ、

社会に出たとき読み書き、

そろばんに困らないよう

最低限のことを

教えてあげようと

僧侶だとか宮司さん、

浪人などが教えてあげたのが

「寺子屋」のはじまりだ。

   

  

 

寺小屋は、

寺の中に小屋を建て

予備校のように勉強を教える

というイメージであろうか。

  

   

受験勉強のはしりみたいに

イメージしている人が

9割もいるということだ。

  

  

世の中の教育に

ひずみが出ているのは、

この辺の誤解からではないだろうか。

  

  

寺子屋では、

成績を比べ合ったり、

順位をつけたりしなかった。

 

  

  

江戸時代、

農民も含め

識字率70%を保ったのは

世界でも希有のことで、

寺子屋のおかげだ。

  

  

  

昔の日本の教育は

草食動物の教育だった。

 

  

  

ところが

どんどん欧米型の狩猟民族の教育

に変わってきている。

 

  

  

肉食動物の目をみてごらん。

 

  

  

虎だとか、

ライオンだとか、

ピューマとか、

ハイエナとか、

みんな攻撃的で鋭い強い目をしている。

 

  

  

  

草食動物の目はおだやかだ。

  

   

キリン、

シマウマ、

象、

などを思い浮かべて欲しい。

  

  

   

仲間を大事にし、

いつも寄り添っている。

  

  

   

キリンは

いつも集まって

ビールを飲んだりしている。

  

  

  

  

ライオンは

集まって何をしているかというと、

歯を磨いている。

  

  

  

出典:宇宙が応援する生き方

  

おしまい

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【小林正観】期待しない【紹介】

期待しない

   

   

  

   

  

わが家には一つの合言葉があります。

  

  

  

  

それは「期待しない」です。

  

  

  

例えば、

夫婦で映画を見に

出掛けることに

なったとします。

   

  

  

正規の値段なら1人1800円。

  

  

わが家の場合、

カップルデーに行くと

割引対象になるので、

1人1000円になります。

  

   

  

それでも、DVDを借りるよりはずっと高い。

   

  

昔はよくケンカになりました。

  

  

「この映画を見に行こうって

 言ったのはあなたよ!

 無駄遣いしちゃったじゃない」

  

  

「だって、あちこちの新聞や

 雑誌でベタ褒めだったから」

  

  

「面白いって言うから、

  期待しちゃったのよ。ガッカリ…」

  

「オレだって…」

  

そうなのです。

  

  

大いに期待していた。

  

  

だからガッカリするのです。

  

  

夫婦生活を20年以上も続けていると、

少しは知恵がついてきます。

  

  

何より大切なのは、

夫婦がいつも仲良くいられること。

  

  

  

いや、

もっと現実的に話すと、

いかにケンカをしないで

最低限の平和を保っていられるか。

  

  

それこそが「幸せ」だと気付きます。

  

  

そこで、

いつの間にか夫婦で生まれたのが、

あの合言葉です。

  

  

  

映画を見に行くと決めた時から、

家の鍵を閉める時、

車でシネコンに向かう時、

ロビーでお菓子でもつまんで待つ間、

そして上映が始まる瞬間まで、

お互いに合言葉を言い合うのです。

  

  

うっかり私が誤って、

「何かどんでん返しがあるらしいよ」

などと口にしてしまうと、

妻が

「期待しない、期待しない」。

  

  

そこでハッとするわけです。

  

  

「期待しない」

といいことがあります。

  

   

どんなにお粗末な映画を見ても、

「面白くなかった」

と腹を立てることがないのです。

  

  

  

それどころか

本筋とは別のところで楽しみを見つけて

(あの場面で出てきたバイクは

 親戚の〇〇おじさんが乗ってたよな、

 なつかしいな…などなど)

幸せな気分に浸れます。

   

  

これは映画に限ってのことではありません。

  

  

レストランで食事をする時も、

旅行に出かける時も、

ベストセラーの本を買う時にも

「期待しない」効果は発揮されます。

  

   

「期待しない」という言葉は、

夫婦という人間関係においても

金言となっています。

  

  

私は妻に、

「〇〇して欲しい」と求めない。

  

  

妻も私に、

「△△して欲しい」と求めない。

  

   

お互いに「求めない」こと、

「欲ばり」にならないことが、

幸せな生活を送るコツになっているのです。

  

   

「早く家に帰ってきて欲しい」

  

「夜遅く帰宅したとしても、起きていて欲しい」

  

などと、

求めないし、

期待しないのです。

  

  

「期待しない」と、

思わぬ喜びがあります。

   

  

「自分も忘れていたのに、

 誕生日に大好きなお店のケーキを買って来てくれた」

  

  

「『疲れたなぁ』と言ったら、マッサージしてくれた」

  

 

もし、これが

「期待していたら」どうなるでしょう。

  

  

「誕生日なのに、何もプレゼントをしてくれない」

    

  

「疲れて仕事から帰って来たのに、テレビに夢中」

  

  

すべての「不幸」は

自分の「欲」が招いたもの。

  

  

「期待しない」

「求めない」

ことが、

「幸せ」な人生を送るためのキーワードなのです。

  

    

  

  

正観氏は、

こう語る。

   

  

『思い通りにならない、それが「苦」。

  

  

  

「思い」がなければ、

思い通りにならないという

現象は起きない。

  

  

  

「苦」は生じない。

  

  

「思い」を持たない。

  

  

それは、

目の前で次々と起きる

一般的に不幸だ

といわれている現象に対しても、

「ああ、そうなりましたか」

と単なる日常の1ページとして、

淡々として受け入れて

いくということです。

  

  

病気や事故、

愛する人との別れといった、

思いがけず自分の身に起こる出来事を、

人生の一部として受け入れていく。

  

  

「何でこんなことが起こったのだろう」

という「思い」を持たない。

  

  

目の前で起こるすべての現象を、

「ああ、そうなりましたか」

と受け入れていく、

それだけです。』

   

  

  

  

  

出展:心を軽くする言葉

    宇宙を味方の「か・が・み」の法則

  

  

  

  

「期待しない」

というのは、

「思いをもたない」

のと同じ。

  

   

正観氏は、

現象には色がついていないという。

   

  

私たちが

勝手にその現象に感想をつけて、

「うれしい」

「悲しい」

「つまらない」

という色をつけている。

  

  

  

どんな現象も

「ああ、そうなりましたか」

と淡々と受け入れていく。

  

   

「思いを持たない」こと、

「期待しない」ことは、

人生においてとても大事なこと。

  

  

  

  

おしまい

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【堀江 貴文】結婚はしなくてもいい話【紹介】

  

結婚はしなくてもいい話

  

結婚は「田んぼ をも守るためのシステム」

  

  

僕は1999年に1度、

結婚している。

  

  

仕事がめちゃくちゃに忙しく、

多くのトラブルを抱えすぎて、

精神的にやや不安定に陥っていた。

   

   

そんなとき

当時付き合っていた女性が、

うっかり妊娠してしまった。

  

  

結婚すれば

少しは気持ちが安定するかもしれない、

と淡い期待を持って、

結婚した。

  

   

子どもも生まれるので、

同時に都内に家も買った。

  

   

しかし……、

結婚生活は、

安定にはほど遠かった。

  

   

妻からは

週末は子育てにフルで関わるように

プレッシャーをかけられた。

  

   

どうしても外せない案件で

週末に出かけようものなら、

すごい勢いで非難された。

   

   

夫の家事分担は、

当然すぎるほど

当然の役割だと思う。

  

  

僕も基本的には賛成だが、

2000年前後の僕の状況は、

特殊すぎた。

  

  

  

   

かつての妻との「すれ違い」

  

ネットバブルの勢いも

相まって事業は急拡大。

   

   

海外展開や多数の事業をさばくのに、

1分1秒を惜しんで駆け回っていた。

   

   

そのへんの中小企業の

資産価値の数十社分に匹敵する、

巨額のお金を毎日のように取り扱い、

緊張の糸は常時、

張りつめていた。

   

   

せめて家に帰ったときぐらいは、

ぐったり寝ていたいのに……。

   

  

妻には

そんな僕が

「怠慢」とか「責任逃れ」

に見えていたのだ。

   

    

できちゃった婚に近いので、

お互いの性格とか

価値観をよく吟味せず、

僕たちは一緒になった。

   

   

そのせいで、

結婚してからぶつかったり、

後味の悪いケンカを繰り返す

ことが多かった。

   

   

彼女は

「学資保険に入ってほしい」

という派だった。

   

  

まったく意味がわからない。

   

   

ほかの著書などで

さんざん述べているように、

保険は無意味だと、

どんなに説明しても

聞き入れてくれなかった。

  

  

  

  

「家族を信用できないの!?」とキレられた

  

また彼女は

「あなたの通帳を預かったほうがいいと思うの」

と言った。

  

   

それもバカげている。

   

   

当時、

僕が取り扱っているお金の額は、

妻のような普通の若い女の子

が扱えるような金額ではなかった。

   

   

通帳の預金額は、

数十万円ぐらいだと思っていたのだろうか? 

   

  

「無理に決まっているでしょ」

と言うと、

「家族を信用できないの!?」

とキレられた。

   

   

一事が万事

そんな具合で、

まともに話し合いができなかった。

   

   

僕たちがもう少し大人で、

相手をおもんぱかる余裕があれば、

冷静に話し合えたのかもしれない。

  

  

だけど

僕たちはまだ、

20代半ばだった。

  

   

若すぎるといえば若すぎた。

  

   

仕事から家に帰るのが、

本当に苦痛になった。

   

   

ずっと体調がすぐれず、

家への道を歩くたび、

  

「はぁ〜」と

ため息をついていたのを

覚えている。

   

  

仕事では、

魅力的な人と出会う機会

が多かった。

  

  

夜の会席の場で、

話の合う、

頭のいい美女とも

たくさん知り合った。

   

   

たびたび、

いい雰囲気になったのだが……

連れて帰ったりできなかった。

  

   

帰り際、

女の子を寂しく見送るしかない。

   

  

妻帯者なので、

当然といえば当然だ。

   

   

けれど、

結婚していたら、

なんで自由に恋愛できないんだろう?

と、疑問に思ってしまった。

  

  

  

  

  

浮気なんてするもんじゃない

    

妻は、

僕の浮気は許さないけど、

外で遊んでくるのは許してくれていた。

   

  

「したくなったら、外でお金を払ってやってきて」

というスタンスだった。

  

  

バレなければ浮気してもいい

ということかもしれない。

   

   

周りには奥さんに気づかれず

(気づかれているのかもしれないが)

うまいこと愛人と

たくさん遊んでいる経営者もいた。

    

   

でも僕は、

そういうのは面倒くさい。

   

   

好きな人に対して

一途とも言えるが、

浮気がバレないように、

身の回りや言動を

ケアする手間をかけるのが、

すごく嫌なのだ。

    

   

それこそ無駄な時間を取られてしまう。

   

    

話は飛ぶが、

現在、僕は

ホテル暮らしをしている。

   

   

仲良くなった女の子を

部屋に招くのだが、

彼女たちは

「石けんが減っている」

「クッキーの数が少ない」

など、

目ざといところに気づく。

   

   

鬱陶しいな……

と思う。

    

    

恋人の示す“差分”に敏感というか、

総じて恋愛では

女の子のほうが神経質だ。

    

    

言い訳して なだめたり、

あれこれご機嫌をとるのは、

とても重労働だ。

    

    

浮気なんか、

するもんじゃない。

  

  

  

  

  

  

元妻との生活は「その後」どうなったか?

  

元妻の浮気観というか、

女遊びに対する態度は、

寛容といえば寛容だった

のかもしれないが、

「だったら、そもそも夫婦でいなくてもよくない?」

という思いだった。

    

    

結局、

結婚生活は2年ほどしか

保てなかった。

   

   

延期していた結婚式を、

軽井沢で挙げた3カ月後に、

僕たちは離婚した。

   

   

できたばかりの家族を、

僕は「捨てた」。

    

   

人生最初で、

最大に近いぐらい、

大きな切り捨てだった。 

   

   

迷って悩んで、

話し合った末の結論だ。

    

    

どうしたって

「捨てる」ことでしか解決できない、

つらい案件だった。

    

   

離婚までの手続きは、

大変だった。

    

   

一度は、生涯添い遂げよう

と決めた人間関係なのだ。

   

    

同意して、

はい終わり、

というわけにはいかなかった。

   

    

僕の手がけている

ほかのビジネスと同じぐらい、

頑張って、

頑張り抜いて、

「やっときれいに別れられた」

という印象だ。

    

    

家も売った。

   

   

立地も建物もよかったので、

買ったときの

ほぼ同額で売却できた。

    

   

家に関しては、

損はしなかった。

   

  

しかし……

寂しかった。

    

   

自分で「捨てる」

と決めた以上、

後悔はしなかった。

   

   

でも、たまに

残されていった家のモノのなかから、

子どもの写真が出てきたり、

子ども用の三輪車を処分するときなどは、

ギュッと胸の奥が締めつけられた。

   

  

  

  

  

  

  

  

 

結婚はしなくていい

  

一度の経験で、

改めて強く思う。

  

  

結婚なんてしなくていい。

  

  

家族は

「捨てるフォルダ」

に入れて、

問題ない存在だ。

  

  

少し専門的な話をしよう。

  

  

日本での家族制度の起源を、

ご存じだろうか? 

  

  

18世紀のイギリスで起きた農業革命が、

日本に波及した

江戸時代にさかのぼる。

  

  

テクノロジーの進化による

農業革命によって、

人口は急速に増えていった。

  

  

ところが、

農地を維持していくためには

メンテナンスが必要だ。

  

  

田んぼは1年も耕さないと、

次の年には

収穫できなくなってしまう。

  

  

だから

子孫に引き継いで、

維持していかねばならない。

  

  

子どもが1人ならいいけれど、

何人もできると問題だ。

  

  

田んぼを分割相続していたら、

農地が狭くなってしまう。

  

   

それではいずれ人々が

満たされるだけの

収穫が得られなくなるだろう。

  

  

  

 

結婚は「田んぼを守るためのシステム」

  

食糧供給のために

安全な相続は、

田んぼを分割せず、

一子相伝の方法

でなければならない。

  

  

それが長男至上主義の因習の下地となり、

養子縁組システムの確立を

進めることになった。

  

  

長男は生まれた土地に縛られ、

次男次女たちは

豊かな家庭に丁稚奉公へ行き、

別の家族の一員となる。

  

   

そうやって、

日本社会では長年、

長子に土地を相続させ、

途絶えないように

田んぼを守り続けた。

  

  

長子を田んぼにひも付けることで、

食糧供給は安定した。

  

  

この安定が、

みんなが飢え死にしない、

日本社会の運営の基礎

となる一夫一婦制を、

強固にしていったのだ。

  

  

長子が結婚できずに

あぶれてしまうと、

土地の維持ができなくなり、

子孫たち、

ひいては社会が

困ってしまう。

  

  

それを防ぐための制度として、

別れたり資産分割のしづらい、

結婚制度が法整備化される運びとなった。

  

  

要は、

結婚とは

「田んぼを守るためのシステム」

でしかない。

  

  

田んぼ以外に

食糧供給の生産分野を

たくさん開発した現代人には、

まったく無意味なものなのだ。

  

  

 

子どもが欲しいのは財産ではない

   

別に僕は、

生涯添い遂げるパートナーの存在

を否定しているわけではない。

  

  

制度的に1対になる異性と契約して、

その1対のなかでしか

子どもを持つことが

社会倫理的には許されず、

正統な相続権がないというのは、

もう古すぎでしょ?

と言いたいのだ。

  

  

男も女も、

結婚せずとも

好きな人と恋愛しまくり、

たくさん子どもをつくればいい。

  

  

女は自由に男を渡り歩き、

経済力のある男は

たくさん女性を囲って、

子どもたちに

財産を好きなように

分け与えればいいのだ。

   

   

子どもが欲しいのは、

財産ではない。

  

   

楽しく過ごしている

親の姿であり、

自分たちも同じように、

楽しく好きなように

生きていける未来なのだ。

  

   

親から田んぼを受け継がされて、

喜ぶ子どもがどれぐらいいるだろう? 

   

江戸時代にもいたのかどうか、

疑わしいものだ。

   

   

家族はいてもいい。

 

家族がいちばん大事!

というならそれでいいと思う。

   

   

ただ、

「捨ててはいけない」

「捨てたら悪人だ」

という思い込みは、

間違っている。

   

   

それは、

江戸時代からの

(歴史で考えれば、ごく最近のことだ)

単なる洗脳であり、

捨てても責められるいわれはないのだ。

  

  

  

  

  

出典:捨て本

  

  

   

   

おしまい

  

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【小林正観】寺子屋の話【紹介】

寺子屋の話

  

  

  

  

  

  

  

「寺子屋」と「寺小屋」の違い

  

  

 

  

  

  

  

「てらこや」は、

   

漢字で書くと

  

「寺屋」・・・○

   

「寺小屋」・・・×

  

  

  

   

   

吉田松陰の

「寺子屋」

が日本の教育の原点

   

 

   

  

  

   

  

以下は、

小林正観著

「宇宙が応援する生き方」

より引用。

  

  

  

  

山口県に松下村塾というものがあった。

  

   

  

その塾の主は吉田松陰で「てらこや」の

一種。

   

   

  

「てらこや」は

漢字で書くと

「寺屋」。

  

  

  

「寺小屋」ではない。

  

  

  

「寺子」とは、

「お寺で遊んでいる子供」のこと。

  

  

  

そんな子供たちが

「社会に出た時に困らないように

 最低限のことを教えてあげよう」

と、宮司さんや学問のある浪人が来て

教えてあげたのがもともとだった。

  

  

  

  

この「寺子屋」が日本の教育の原点だった。

    

  

寺小屋とは

順位づけをする場所ではなく、

読み書き算盤の最低限のことを教えて

社会に出てから必要になることを

教えてあげる場だった。

  

  

  

人を比べることではなくて、

「あなたは、

 ここが優れているから、

 こういう方面で生きていったらどうだ」

というようなことを

ずっと行ってきました。

  

  

  

でも、

日本の教育は

草食動物の教育だった。

  

   

    

  

「比べあわないこと」

「競い合わないこと」

「みんなで助け合って」

「仲間で共同歩調をとって」

「みんなで支え合いながら」

   

生きていくこと

これが

草食動物の特徴。

     

  

  

さて、

現在では

「読み書きそろばん」が「パソコン」

であり

   

  

「メールの返信・パソコン入力」

「コミュニケーションの取り方」等

教育の必要なものは変わってる。

  

   

  

  

しかし、

人を比べることではなくて、

「あなたは、

 ここが優れているから、

 こういう方面で生きていったらどうだ」

というようなことは、

変わってはいけないもの

ではないか。

  

  

  

  

  

出典:宇宙が応援する生き方

  

  

  

  

 

  

✔️本当の寺子屋の教育

(教育の原点)

・競わない教育

・人を比べない教育

・社会に出ても生きていける教育

・自律できる教育

・読み、書き、そろばん

・現代で言うと、読み、書き、パソコン

  

  

おしまい

  

  

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