【生き方】否定しない生き方 無敵の生き方

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

否定しない生き方 

無敵の生き方

  

  

  

  

  

  

  

 

  

  

不満や愚痴を言わなくなると、

人生がおもしろくなる話

  

  

   

  

  

  

  

他人の人生を背負うな。

  

  

  

  

自分の人生を生きろ。

   

  

  

  

  

  

 

  

  

  

責任の押し付け合いは

  

もう終わりにしましょう。

  

  

  

  

 

  

  

親離れ

子離れ

課題の分離

   

  

 

 

  

 

  

     

   

  

  

  

  

  

  

  

何があっても「五戒」を言わず

  

口から出る言葉がすべて優しく

  

周囲の人を元気にするものであれば

  

地球や宇宙を味方につけることができる。

  

  

   

  

✔️五戒とは

「五戒」=「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」

  

  

  

  

  

   

  

  

✔️地球や宇宙を敵に回している人の共通項

「辛い、悲しい、つまらない、嫌だ、嫌い、

不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」

などの否定的な言葉をよく使う

  

   

   

  

  

   

✔️やる気がなくても働いて良い

やる気は無闇に使ってはいけない

  

  

  

  

  

  

  

✔️究極に幸せな人の共通項

少食な人

(いろんな意味で)筋肉がある人

人と比べない人

競わない人・争わない人

何があっても、常に穏やかな人

   

  

  

   

   

  

  

  

  

無敵を生み出す「き・く・あ」の心

  

  

   

  

✔️「き・く・あ」

き・・・競わない

く・・・比べない

あ・・・争わない

  

  

  

  

競争には、キリがない。

  

他人との比較も、キリがない。

  

争いも、不毛なのでやめる。

  

  

  

  

  

  

幸せは、

競うこと、比べること、争うことで

手に入るものではない。

  

  

  

 

「勝つことが、正しいこと」ではない。

  

  

  

  

  

   

「自分は、勝ち組だ」

    

「自分は、負け組だ」

  

そんな、

他人と比べても

しかたない勝負は

  

もう、終わりにする。

   

  

  

   

   

「お金を稼げない=価値のない人間」

  

ではない。

  

 

  

  

  

  

人と競い合って

自分のためだけに生きるよりも

    

人に何かをしてあげることで喜ばれ

自分も人の好意に素直に甘えて

それに感謝して生きる方が

   

ストレスもなく

心温まる豊かな人生になる。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

戦わないで、争わない方法は

簡単だし、楽しいし

敵も作らない。

  

  

別に、他人に媚びることではない。

  

   

   

「無敵」の本質は、「敵が無い」こと。

  

   

  

  

  

争いに来た相手すべてを

味方にしてしまうのが「無敵」。

  

  

   

   

根源的な解決方法は、「気にならない」

  

  

  

✔️根源的な解決方法

「気にならない」状態

  

  

   

「気にしない」≠「気にならない」

「気にしない」と「気にならない」は異なる

  

  

  

  

  

「気にしない」状態

I don’t mind.

(いわゆる、ドンマイ)

   

  

  

  

「気にならない」状態

There is no problem.

(どこにも問題がない)

  

  

  

  

✔️「気にならない」状態

・「問題を問題として認識しない」という

  人格のありよう・あり方。

   

・問題を根本的に生み出さない

  根源的な解決方法。

  

  

   

  

  

 

「自分」が変わることは簡単

  

  

「自分」が変わることは簡単。

  

  

  

  

なぜなら、多くの他人を変える必要はなく、

変えるべき相手は一人だけ、

自分自身だから。

  

   

   

   

  

✔️変えるべき相手

×・・・他人を変える

⚪︎・・・自分自身を変える

   

  

  

自分自身が、変わりたいように変われば良いだけ。  

  

  

  

  

それは、自分にとっても、

最も居心地が良い心の状態を作り出す。

  

  

   

   

  

  

 

自分が人格者になれば早く楽になる話

   

  

 

✔️人間関係をオールマイティーに解決する方法

✔️心を楽にして生きる方法

自分が人格者になれば良い

  

  

  

  

  

人格者になるということは、

誰に何を言われても、

もの前にどんな現象や出来事が起きても、

それについて怒らない、腹を立てない、

怒鳴らない、イライラしない、

声を荒げない、

ということに他ならない。

  

  

  

  

  

自分にとって

楽しいと思える人格を作ること

  

  

   

   

自分が

人格者になってしまうこと

  

  

  

   

  

  

  

  

「金」じゃなくてもいい。

「銀」じゃなくてもいい。

 どうでもいい。

  

  

  

  

世間体が、どうととか、

そんなことは、どうでも良い。

    

  

  

  

  

  

   

  

周りの現象や出来事を

いつも同じ穏やかさで

対応していくことが、

   

自分にとって、

一番「ラク」であり

一番「得」な方法。

 

  

  

  

  

それは、

あなたにとっても、自分にとっても。

  

   

  

  

  

 

       

  

    

    

  

おしまい

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【ハ・ワン】「嫌なこと」が起きたときのために覚えておきたい、心がスッとラクになる「魔法の言葉」【紹介】

「嫌なこと」が

起きたときのために

覚えておきたい

心がスッとラクになる

「魔法の言葉」

  

  

 

  

こんな不幸が降り注ぐことなんて

……あるよね~

   

   

思いもよらなかった

不幸を前にして、

僕らはこう叫ぶ。

  

  

「どうしてこんな不幸が僕に降りかかるの?」

  

「こんなことを私にするなんてひどい」

  

「どうしてこんなことが」

  

  

しかし

冷静に考えてみれば、

絶対に起きないことなんてない。

すべて起こりえること。

  

  

だから

「どうか不幸が起こりませんように」

と祈ったり、

注意したりすることはできても、

その不幸が現実に

起こってしまうことを

僕らは避けられない。

  

  

予想できなかった

事故のように、

迫ってくる。

  

  

そんな事故を

どういう心境で

受けとめたら

いいのだろう? 

  

  

望みもしなかった

人生と不幸を。

   

  

そんなときこそ、

この言葉。

  

  

あるよね~。」

  

「あるよね。」

  

あるある。」

  

  

ほんの少し

心が軽くなるはず。

  

  

  

  

   

今日も言い訳しながら

生きてます

  

   

何でもかんでも

言い訳するのは

人生をダメにする近道。

  

  

でも、

適度な言い訳は

人生をおいしくしてくれる

味の素みたいなもの。

  

  

つまり

言い訳(自己合理化)とは、

悩み多き現実社会で、

心折れずに生かしてくれる

最後の砦

  

  

どこか一方からだけでなく、

さまざまな角度から

自分を映してくれる鏡でもある。

  

  

客観的な視点に

とらわれて生きるのではなく、

少しは主観的に

生きてみたらどうか。

   

   

ひょっとしたら、

僕たちはそれができないから、

これほどまでに

苦しんでいるのかもしれない。

  

  

”客観”という言葉は、

自分ではない

第三者の視点を意味する。

  

  

客観的に人生を見つめる

ということは、

すなわち

他人の視点から

推し量るという意味。

  

  

もちろん、

客観的な観点は必要。

  

  

しかし、

まわりの視点ばかりに

とらわれすぎると、

主体的に生きられないどころか、

他人に引きずられてしまう

可能性が大きい。

  

  

自分が心から望んだもの

ではない他人の基準に合わせた人生、

他人に突っ込まれない程度の

そこそこの人生を追いかけるような、

むなしい人生になってしまう。

  

  

そんな人生、

僕たちはもう十分に生きてきた。

  

  

   

だから

これから先の人生くらい、

主観的に生きたって

悪くない。

  

  

自分だけのものさしと観点で。

  

  

  

出典:『今日も言い訳しながら生きてます』

  

  

  

おしまい

  

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【ハ・ワン】「結婚しない」という選択は「自分勝手」なのか?【紹介】

「結婚しない」という選択は

「自分勝手」なのか?

  

  

  

  

  

結婚は、自分の幸せのためにするものだ

  

ユヴァル・ノア・ハラリの

世界的ベストセラー『サピエンス全史』

には、こういうくだりがある。

  

  

進化の観点での

”成功”というのは

生存と繁殖に限って

判断されるものであり、

個体の幸せや苦痛は

考慮の対象ではないと。

  

  

すなわち、

種の構成員が

幸せであれ不幸であれ、

数さえ多ければ

成功した種とみなされるのだ。

  

  

個人個人の幸せには関心がなく、

ただ経済成長のためだけに

生ませようとするのだ。

  

  

ははぁ、そう来るか。

  

じゃあ僕も黙ってはいないぞ。

   

  

僕は種の成功には関心がない。

  

  

子どもを生みたければ生めばいいし、

経済が危険にさらされる

という脅しにもゆるぎはしない。

  

僕の幸せが第一。

  

  

非婚やディンクスに対して

「自分勝手だ」という人がいるけれど、

それのどこが自分勝手なのかと思う。

   

人類のために、

または国の経済のためにも

生むべきだ、という人こそ

間違えていると思う。

  

  

自分の幸せのためにするのが

結婚であり、出産のはずだから。

  

  

誰かのためにしてはならない。

  

  

  

  

  

自分を幸せにできるのは自分だけ

  

ああ生きろ、こう生きろ

と、僕らの周りには

余計なお世話が溢れているけれど、

正直、世間は

個人の幸せになんか関心がない。

  

  

だからこそ、

自分を幸せにできるのは自分だけ。

  

  

もちろん、

「人の親になることは、

 人生でもっとも価値があり、

 幸せなことだ」

という言葉を

否定する気はまったくない。

   

   

僕も同感。

  

  

多くの人が

経済的な理由から

結婚や出産を

あきらめなくていい社会に

なってくれることを

心から願っている。

  

  

だけど、

すべての人類が結婚して

親になれば幸せかというと

そうではないと思う。

  

  

親になってはいけない人が

親になっているケースも

実に多く見てきた。

  

  

本人も苦しいかもしれないが、

子どもはもっとつらく

苦しくて悲しいから。

  

  

  

出典:『今日も言い訳しながら生きてます』

  

  

 

おしまい

  

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【ハ・ワン】一生懸命がんばることをやめた僕が悟った「本当の経済的自由」とは?【紹介】

一生懸命がんばることを

やめた僕が悟った

「本当の経済的自由」とは?

  

  

  

「お金こそが自分を自由にする」という勘違い

   

ふと、『魂の退社』(東洋経済新報社刊)の著者、

稲垣えみ子のことを思い出した。

  

  

大手新聞社に通っていた彼女は、

40歳のときに会社を辞める決心をする。

  

  

そこから10年間準備をして50歳で退職した。

   

  

彼女は自分が退職に踏み切れない一番の理由が

”給料”であることを悟った。

  

  

普通ならば、

「じゃあ10年掛けて一生懸命お金を貯めて退職しよう」

と考えるが、彼女は違っていた。

  

  

それでは根本的な不安は解消されない

と予見したのだ。

  

  

そして、

給料がないという”恐怖”に打ち勝てれば退社できる

と考え、

給料と会社に対する依存度を徐々に低くしていく

ことで、ついに退職を成功させたのだ。

  

  

彼女を自由にさせたのは、

貯金でも特別な才能でもなく”料理”だった。

  

  

市場で安く買ってきた食材で料理を作り、

素朴な食卓を楽しむこと。

  

   

一日3食、毎日毎日。

  

そんな生き方を通して、

人間が本当に食べて生きていくためには、

それほど大きなお金は掛からない

ことに気づいたと言う。

  

  

お金こそが自分を自由にしてくれる

というのは錯覚だった。

  

  

むしろ、

お金は少なくても食べていける

という自信が、

彼女を自由にした。

  

  

結局、

月の給料を

ほとんど使うことなく

1ヵ月の生活が可能になり、

こうすれば会社を辞めても生きていける

と確信がもてたところで、

会社を辞めた。

  

  

  

  

本当の自由とは”依存”から抜け出すこと

  

彼女は今、

自分が心からやりたいことを

しながら生きている。

  

  

お金がたくさんあるからではない。

  

  

お金に対する恐怖に

打ち勝った者だけが享受できる自由だ。

  

  

こういうのが

本当の”経済的自由”

なのではないだろうか。

  

  

僕らが不安な理由は、

あまりにも何かに依存しすぎている

からかもしれない。

  

  

何かがないと生きていけない

と思い込みすぎている状態なのだろう。

  

  

  

  

出典:『今日も言い訳しながら生きてます』

  

  

  

  

おしまい

  

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【小林正観】言葉の力で病気を予防【紹介】

言葉の力で病気を予防

  

   

  

  

  

  

言葉の力で病気を予防。

 

  

その根拠は、

催眠術をかけた人に

「あなたの手に焼けた箸を押しつけますよ」

と言って、

焼けてなんかいない

普通の箸を押しつけると、

催眠術にかかっている人は

「ギャッ、熱い!」

と飛び上がる。

 

  

  

それだけでなく、

1,2分も経つと、

箸を押しつけところがみるみるふくれてきて、

水泡ができる。

 

  

  

人間の体は外の現実に

反応しているのではなく、

「認識」というフィルターを通して

反応しているということが言える。

  

  

こうした人間の体の反応を

「プラシーボ」効果というそうだ。

  

  

  

 小林正観さんの口癖は次のとおり。

  

  

  

「私の体は超合金、

 風邪はひかない、

 病気はしない、

 私の体は細胞グー」

  

  

  

 

子どもの頃から虚弱体質なのに小中高、

一度も休まなかったそうだ。

  

  

高校を卒業して40年間、

病気らしい病気はしていない。

  

  

風邪は10年に1度ぐらいはひいている。

  

  

でも、風邪をひいてる時間は、

2時間とか6時間ぐらいで、

すぐに治るそうだ。

  

  

大笑いができる人は

うつになりにくい。

  

 

精神的に壊れると、

体は丈夫になる。

  

  

 

生まれながらに

顔が壊れている人は

もともと丈夫だ。

  

  

  

白血病で亡くなる方は

見た目、性格、頭の良さが

三拍子そろっている。

  

  

皆さんは大丈夫。

  

  

50代、60代の人は

心配しなくてよい。

  

  

自信持っていい。

  

  

 

自信がなくても、

他人が太鼓判押してくれる。

  

  

  

  

「うつ」を持ち込んでくる霊体がある。

    

   

この霊体は、

つらい、

悲しい、

つまらない、

嫌だ、

嫌いだ、

疲れた

といった言葉を常に口にして、

笑顔の少ない人が大好きだ。

 

  

  

  

ある「うつ」の人は、

笑顔を上げて

声を上げて笑うなんて

絶対にやりたくない

と言っていた。

  

  

  

朝起きて

カーテンを開けるのも嫌いだし、

誰かの笑い声が聞こえてきたら

耳をふさぐそうだ。

    

  

ましてや

「ありがとう」なんて

言葉は絶対言いたくない。

  

  

  

うつにかかっている人が12人、

正観さんの講演を

聴きに来たそうだ。

  

  

12人に

「うつ治りたいんですか?」

と聞いたら4人は

「治りたくない」

と答えたそうだ。

  

  

  

  

治りたい人は

自分で治すことができる。

   

   

  

うそでもいいから

次のような言葉を口に出すことだ。

  

  

  

「うれしい、楽しい、幸せ、

  愛している、大好き、ありがとう、ついてる」

  

    

  

ストレスとは

思い通りにならないことだ。

  

   

  

金属疲労という言葉がある。

  

  

内部に少しずつ疲労をため込み、

ある限界を超えると、

バシャッと壊れる。

  

  

思い通りにならないことを

思い通りにしようとするから

ストレスがたまる。

    

   

ストレスは血管を収縮させ、

脳、内臓、筋肉に影響する。

    

   

脂肪の中だけは血管が通っていない。

  

  

脂肪はなかなか死亡しない。

   

   

霊体が運んでくるうつもあるが、

ストレスにようるうつもある。

    

   

うつには2つの種類があるらしい。

    

  

甲子園で優勝する学校の監督

はニコニコしている。

  

  

「楽しくやろう」

と選手をリラックスさせている。

  

  

血管が拡がり、

筋肉の端々まで血が通うので、

伸び伸びプレーする。

  

  

「何やってんだ、お前ら!」

の監督の下では

毛細血管がきゅっーと収縮する。

   

  

結果は全然違ってくる。

  

  

  

たとえ

劣勢に立っても

「きのこを食べて生き残ろう」

なんて言ってる監督のもとでは

選手もいきいきとよみがえる。

  

  

  

  

言葉は、

心に思っているより、

自分の声帯をふるわせて発した方が、

ずっと効果が出る。

  

  

  

「私の体は超合金」

と言えば、

内臓の温度が1度ぐらいは上がる。

    

     

自分でなく、

相手から

「あなたの体は超合金」

と言ってもらうと

2度ぐらい上がる。

   

  

宇宙の法則のもとに、

独身の人がベストパートナー

を見つける方法がある。

   

     

小林さんが講演しているとき、

笑い出す時間も、

笑っている間の時間も

一致する人たちがいる。

  

  

たぶん、

その2人は結婚すると、

すごく楽しい日々が待っている。

  

  

夫婦で同じ番組を見て、

妻がアハハと笑う。

  

  

 

夫がそれをあ然とみて、

十秒後にアハハと笑う。

  

  

それでは駄目だ。

  

   

平均より十秒遅れて笑う人同士だったら

気が合う。

  

   

これをジュウビョウニン同士という。

  

  

  

「てらこや」

の漢字を書かせたら、

100人中90人が

「寺小屋」と書くそうだ。

   

正解は「寺子屋」。

  

寺子とは

お寺の境内で遊んでいる子どものこと。

   

  

  

そんな寺子たちを慈しみ、

社会に出たとき読み書き、

そろばんに困らないよう

最低限のことを

教えてあげようと

僧侶だとか宮司さん、

浪人などが教えてあげたのが

「寺子屋」のはじまりだ。

   

  

 

寺小屋は、

寺の中に小屋を建て

予備校のように勉強を教える

というイメージであろうか。

  

   

受験勉強のはしりみたいに

イメージしている人が

9割もいるということだ。

  

  

世の中の教育に

ひずみが出ているのは、

この辺の誤解からではないだろうか。

  

  

寺子屋では、

成績を比べ合ったり、

順位をつけたりしなかった。

 

  

  

江戸時代、

農民も含め

識字率70%を保ったのは

世界でも希有のことで、

寺子屋のおかげだ。

  

  

  

昔の日本の教育は

草食動物の教育だった。

 

  

  

ところが

どんどん欧米型の狩猟民族の教育

に変わってきている。

 

  

  

肉食動物の目をみてごらん。

 

  

  

虎だとか、

ライオンだとか、

ピューマとか、

ハイエナとか、

みんな攻撃的で鋭い強い目をしている。

 

  

  

  

草食動物の目はおだやかだ。

  

   

キリン、

シマウマ、

象、

などを思い浮かべて欲しい。

  

  

   

仲間を大事にし、

いつも寄り添っている。

  

  

   

キリンは

いつも集まって

ビールを飲んだりしている。

  

  

  

  

ライオンは

集まって何をしているかというと、

歯を磨いている。

  

  

  

出典:宇宙が応援する生き方

  

おしまい

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【小林正観】期待しない【紹介】

期待しない

   

   

  

   

  

わが家には一つの合言葉があります。

  

  

  

  

それは「期待しない」です。

  

  

  

例えば、

夫婦で映画を見に

出掛けることに

なったとします。

   

  

  

正規の値段なら1人1800円。

  

  

わが家の場合、

カップルデーに行くと

割引対象になるので、

1人1000円になります。

  

   

  

それでも、DVDを借りるよりはずっと高い。

   

  

昔はよくケンカになりました。

  

  

「この映画を見に行こうって

 言ったのはあなたよ!

 無駄遣いしちゃったじゃない」

  

  

「だって、あちこちの新聞や

 雑誌でベタ褒めだったから」

  

  

「面白いって言うから、

  期待しちゃったのよ。ガッカリ…」

  

「オレだって…」

  

そうなのです。

  

  

大いに期待していた。

  

  

だからガッカリするのです。

  

  

夫婦生活を20年以上も続けていると、

少しは知恵がついてきます。

  

  

何より大切なのは、

夫婦がいつも仲良くいられること。

  

  

  

いや、

もっと現実的に話すと、

いかにケンカをしないで

最低限の平和を保っていられるか。

  

  

それこそが「幸せ」だと気付きます。

  

  

そこで、

いつの間にか夫婦で生まれたのが、

あの合言葉です。

  

  

  

映画を見に行くと決めた時から、

家の鍵を閉める時、

車でシネコンに向かう時、

ロビーでお菓子でもつまんで待つ間、

そして上映が始まる瞬間まで、

お互いに合言葉を言い合うのです。

  

  

うっかり私が誤って、

「何かどんでん返しがあるらしいよ」

などと口にしてしまうと、

妻が

「期待しない、期待しない」。

  

  

そこでハッとするわけです。

  

  

「期待しない」

といいことがあります。

  

   

どんなにお粗末な映画を見ても、

「面白くなかった」

と腹を立てることがないのです。

  

  

  

それどころか

本筋とは別のところで楽しみを見つけて

(あの場面で出てきたバイクは

 親戚の〇〇おじさんが乗ってたよな、

 なつかしいな…などなど)

幸せな気分に浸れます。

   

  

これは映画に限ってのことではありません。

  

  

レストランで食事をする時も、

旅行に出かける時も、

ベストセラーの本を買う時にも

「期待しない」効果は発揮されます。

  

   

「期待しない」という言葉は、

夫婦という人間関係においても

金言となっています。

  

  

私は妻に、

「〇〇して欲しい」と求めない。

  

  

妻も私に、

「△△して欲しい」と求めない。

  

   

お互いに「求めない」こと、

「欲ばり」にならないことが、

幸せな生活を送るコツになっているのです。

  

   

「早く家に帰ってきて欲しい」

  

「夜遅く帰宅したとしても、起きていて欲しい」

  

などと、

求めないし、

期待しないのです。

  

  

「期待しない」と、

思わぬ喜びがあります。

   

  

「自分も忘れていたのに、

 誕生日に大好きなお店のケーキを買って来てくれた」

  

  

「『疲れたなぁ』と言ったら、マッサージしてくれた」

  

 

もし、これが

「期待していたら」どうなるでしょう。

  

  

「誕生日なのに、何もプレゼントをしてくれない」

    

  

「疲れて仕事から帰って来たのに、テレビに夢中」

  

  

すべての「不幸」は

自分の「欲」が招いたもの。

  

  

「期待しない」

「求めない」

ことが、

「幸せ」な人生を送るためのキーワードなのです。

  

    

  

  

正観氏は、

こう語る。

   

  

『思い通りにならない、それが「苦」。

  

  

  

「思い」がなければ、

思い通りにならないという

現象は起きない。

  

  

  

「苦」は生じない。

  

  

「思い」を持たない。

  

  

それは、

目の前で次々と起きる

一般的に不幸だ

といわれている現象に対しても、

「ああ、そうなりましたか」

と単なる日常の1ページとして、

淡々として受け入れて

いくということです。

  

  

病気や事故、

愛する人との別れといった、

思いがけず自分の身に起こる出来事を、

人生の一部として受け入れていく。

  

  

「何でこんなことが起こったのだろう」

という「思い」を持たない。

  

  

目の前で起こるすべての現象を、

「ああ、そうなりましたか」

と受け入れていく、

それだけです。』

   

  

  

  

  

出展:心を軽くする言葉

    宇宙を味方の「か・が・み」の法則

  

  

  

  

「期待しない」

というのは、

「思いをもたない」

のと同じ。

  

   

正観氏は、

現象には色がついていないという。

   

  

私たちが

勝手にその現象に感想をつけて、

「うれしい」

「悲しい」

「つまらない」

という色をつけている。

  

  

  

どんな現象も

「ああ、そうなりましたか」

と淡々と受け入れていく。

  

   

「思いを持たない」こと、

「期待しない」ことは、

人生においてとても大事なこと。

  

  

  

  

おしまい

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【堀江 貴文】結婚はしなくていい話【紹介】

  

結婚はしなくていい話

  

結婚は「田んぼ をも守るためのシステム」

  

  

僕は1999年に1度、

結婚している。

  

  

仕事がめちゃくちゃに忙しく、

多くのトラブルを抱えすぎて、

精神的にやや不安定に陥っていた。

   

   

そんなとき

当時付き合っていた女性が、

うっかり妊娠してしまった。

  

  

結婚すれば

少しは気持ちが安定するかもしれない、

と淡い期待を持って、

結婚した。

  

   

子どもも生まれるので、

同時に都内に家も買った。

  

   

しかし……、

結婚生活は、

安定にはほど遠かった。

  

   

妻からは

週末は子育てにフルで関わるように

プレッシャーをかけられた。

  

   

どうしても外せない案件で

週末に出かけようものなら、

すごい勢いで非難された。

   

   

夫の家事分担は、

当然すぎるほど

当然の役割だと思う。

  

  

僕も基本的には賛成だが、

2000年前後の僕の状況は、

特殊すぎた。

  

  

  

   

かつての妻との「すれ違い」

  

ネットバブルの勢いも

相まって事業は急拡大。

   

   

海外展開や多数の事業をさばくのに、

1分1秒を惜しんで駆け回っていた。

   

   

そのへんの中小企業の

資産価値の数十社分に匹敵する、

巨額のお金を毎日のように取り扱い、

緊張の糸は常時、

張りつめていた。

   

   

せめて家に帰ったときぐらいは、

ぐったり寝ていたいのに……。

   

  

妻には

そんな僕が

「怠慢」とか「責任逃れ」

に見えていたのだ。

   

    

できちゃった婚に近いので、

お互いの性格とか

価値観をよく吟味せず、

僕たちは一緒になった。

   

   

そのせいで、

結婚してからぶつかったり、

後味の悪いケンカを繰り返す

ことが多かった。

   

   

彼女は

「学資保険に入ってほしい」

という派だった。

   

  

まったく意味がわからない。

   

   

ほかの著書などで

さんざん述べているように、

保険は無意味だと、

どんなに説明しても

聞き入れてくれなかった。

  

  

  

  

「家族を信用できないの!?」とキレられた

  

また彼女は

「あなたの通帳を預かったほうがいいと思うの」

と言った。

  

   

それもバカげている。

   

   

当時、

僕が取り扱っているお金の額は、

妻のような普通の若い女の子

が扱えるような金額ではなかった。

   

   

通帳の預金額は、

数十万円ぐらいだと思っていたのだろうか? 

   

  

「無理に決まっているでしょ」

と言うと、

「家族を信用できないの!?」

とキレられた。

   

   

一事が万事

そんな具合で、

まともに話し合いができなかった。

   

   

僕たちがもう少し大人で、

相手をおもんぱかる余裕があれば、

冷静に話し合えたのかもしれない。

  

  

だけど

僕たちはまだ、

20代半ばだった。

  

   

若すぎるといえば若すぎた。

  

   

仕事から家に帰るのが、

本当に苦痛になった。

   

   

ずっと体調がすぐれず、

家への道を歩くたび、

  

「はぁ〜」と

ため息をついていたのを

覚えている。

   

  

仕事では、

魅力的な人と出会う機会

が多かった。

  

  

夜の会席の場で、

話の合う、

頭のいい美女とも

たくさん知り合った。

   

   

たびたび、

いい雰囲気になったのだが……

連れて帰ったりできなかった。

  

   

帰り際、

女の子を寂しく見送るしかない。

   

  

妻帯者なので、

当然といえば当然だ。

   

   

けれど、

結婚していたら、

なんで自由に恋愛できないんだろう?

と、疑問に思ってしまった。

  

  

  

  

  

浮気なんてするもんじゃない

    

妻は、

僕の浮気は許さないけど、

外で遊んでくるのは許してくれていた。

   

  

「したくなったら、外でお金を払ってやってきて」

というスタンスだった。

  

  

バレなければ浮気してもいい

ということかもしれない。

   

   

周りには奥さんに気づかれず

(気づかれているのかもしれないが)

うまいこと愛人と

たくさん遊んでいる経営者もいた。

    

   

でも僕は、

そういうのは面倒くさい。

   

   

好きな人に対して

一途とも言えるが、

浮気がバレないように、

身の回りや言動を

ケアする手間をかけるのが、

すごく嫌なのだ。

    

   

それこそ無駄な時間を取られてしまう。

   

    

話は飛ぶが、

現在、僕は

ホテル暮らしをしている。

   

   

仲良くなった女の子を

部屋に招くのだが、

彼女たちは

「石けんが減っている」

「クッキーの数が少ない」

など、

目ざといところに気づく。

   

   

鬱陶しいな……

と思う。

    

    

恋人の示す“差分”に敏感というか、

総じて恋愛では

女の子のほうが神経質だ。

    

    

言い訳して なだめたり、

あれこれご機嫌をとるのは、

とても重労働だ。

    

    

浮気なんか、

するもんじゃない。

  

  

  

  

  

  

元妻との生活は「その後」どうなったか?

  

元妻の浮気観というか、

女遊びに対する態度は、

寛容といえば寛容だった

のかもしれないが、

「だったら、そもそも夫婦でいなくてもよくない?」

という思いだった。

    

    

結局、

結婚生活は2年ほどしか

保てなかった。

   

   

延期していた結婚式を、

軽井沢で挙げた3カ月後に、

僕たちは離婚した。

   

   

できたばかりの家族を、

僕は「捨てた」。

    

   

人生最初で、

最大に近いぐらい、

大きな切り捨てだった。 

   

   

迷って悩んで、

話し合った末の結論だ。

    

    

どうしたって

「捨てる」ことでしか解決できない、

つらい案件だった。

    

   

離婚までの手続きは、

大変だった。

    

   

一度は、生涯添い遂げよう

と決めた人間関係なのだ。

   

    

同意して、

はい終わり、

というわけにはいかなかった。

   

    

僕の手がけている

ほかのビジネスと同じぐらい、

頑張って、

頑張り抜いて、

「やっときれいに別れられた」

という印象だ。

    

    

家も売った。

   

   

立地も建物もよかったので、

買ったときの

ほぼ同額で売却できた。

    

   

家に関しては、

損はしなかった。

   

  

しかし……

寂しかった。

    

   

自分で「捨てる」

と決めた以上、

後悔はしなかった。

   

   

でも、たまに

残されていった家のモノのなかから、

子どもの写真が出てきたり、

子ども用の三輪車を処分するときなどは、

ギュッと胸の奥が締めつけられた。

   

  

  

  

  

  

  

  

 

結婚はしなくていい

  

一度の経験で、

改めて強く思う。

  

  

結婚なんてしなくていい。

  

  

家族は

「捨てるフォルダ」

に入れて、

問題ない存在だ。

  

  

少し専門的な話をしよう。

  

  

日本での家族制度の起源を、

ご存じだろうか? 

  

  

18世紀のイギリスで起きた農業革命が、

日本に波及した

江戸時代にさかのぼる。

  

  

テクノロジーの進化による

農業革命によって、

人口は急速に増えていった。

  

  

ところが、

農地を維持していくためには

メンテナンスが必要だ。

  

  

田んぼは1年も耕さないと、

次の年には

収穫できなくなってしまう。

  

  

だから

子孫に引き継いで、

維持していかねばならない。

  

  

子どもが1人ならいいけれど、

何人もできると問題だ。

  

  

田んぼを分割相続していたら、

農地が狭くなってしまう。

  

   

それではいずれ人々が

満たされるだけの

収穫が得られなくなるだろう。

  

  

  

 

結婚は「田んぼを守るためのシステム」

  

食糧供給のために

安全な相続は、

田んぼを分割せず、

一子相伝の方法

でなければならない。

  

  

それが長男至上主義の因習の下地となり、

養子縁組システムの確立を

進めることになった。

  

  

長男は生まれた土地に縛られ、

次男次女たちは

豊かな家庭に丁稚奉公へ行き、

別の家族の一員となる。

  

   

そうやって、

日本社会では長年、

長子に土地を相続させ、

途絶えないように

田んぼを守り続けた。

  

  

長子を田んぼにひも付けることで、

食糧供給は安定した。

  

  

この安定が、

みんなが飢え死にしない、

日本社会の運営の基礎

となる一夫一婦制を、

強固にしていったのだ。

  

  

長子が結婚できずに

あぶれてしまうと、

土地の維持ができなくなり、

子孫たち、

ひいては社会が

困ってしまう。

  

  

それを防ぐための制度として、

別れたり資産分割のしづらい、

結婚制度が法整備化される運びとなった。

  

  

要は、

結婚とは

「田んぼを守るためのシステム」

でしかない。

  

  

田んぼ以外に

食糧供給の生産分野を

たくさん開発した現代人には、

まったく無意味なものなのだ。

  

  

 

子どもが欲しいのは財産ではない

   

別に僕は、

生涯添い遂げるパートナーの存在

を否定しているわけではない。

  

  

制度的に1対になる異性と契約して、

その1対のなかでしか

子どもを持つことが

社会倫理的には許されず、

正統な相続権がないというのは、

もう古すぎでしょ?

と言いたいのだ。

  

  

男も女も、

結婚せずとも

好きな人と恋愛しまくり、

たくさん子どもをつくればいい。

  

  

女は自由に男を渡り歩き、

経済力のある男は

たくさん女性を囲って、

子どもたちに

財産を好きなように

分け与えればいいのだ。

   

   

子どもが欲しいのは、

財産ではない。

  

   

楽しく過ごしている

親の姿であり、

自分たちも同じように、

楽しく好きなように

生きていける未来なのだ。

  

   

親から田んぼを受け継がされて、

喜ぶ子どもがどれぐらいいるだろう? 

   

江戸時代にもいたのかどうか、

疑わしいものだ。

   

   

家族はいてもいい。

 

家族がいちばん大事!

というならそれでいいと思う。

   

   

ただ、

「捨ててはいけない」

「捨てたら悪人だ」

という思い込みは、

間違っている。

   

   

それは、

江戸時代からの

(歴史で考えれば、ごく最近のことだ)

単なる洗脳であり、

捨てても責められるいわれはないのだ。

  

  

  

  

  

出典:捨て本

  

  

   

   

おしまい

  

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【小林正観】寺子屋の話【紹介】

寺子屋の話

  

  

  

  

  

  

  

「寺子屋」と「寺小屋」の違い

  

  

 

  

  

  

  

「てらこや」は、

   

漢字で書くと

  

「寺屋」・・・○

   

「寺小屋」・・・×

  

  

  

   

   

吉田松陰の

「寺子屋」

が日本の教育の原点

   

 

   

  

  

   

  

以下は、

小林正観著

「宇宙が応援する生き方」

より引用。

  

  

  

  

山口県に松下村塾というものがあった。

  

   

  

その塾の主は吉田松陰で「てらこや」の

一種。

   

   

  

「てらこや」は

漢字で書くと

「寺屋」。

  

  

  

「寺小屋」ではない。

  

  

  

「寺子」とは、

「お寺で遊んでいる子供」のこと。

  

  

  

そんな子供たちが

「社会に出た時に困らないように

 最低限のことを教えてあげよう」

と、宮司さんや学問のある浪人が来て

教えてあげたのがもともとだった。

  

  

  

  

この「寺子屋」が日本の教育の原点だった。

    

  

寺小屋とは

順位づけをする場所ではなく、

読み書き算盤の最低限のことを教えて

社会に出てから必要になることを

教えてあげる場だった。

  

  

  

人を比べることではなくて、

「あなたは、

 ここが優れているから、

 こういう方面で生きていったらどうだ」

というようなことを

ずっと行ってきました。

  

  

  

でも、

日本の教育は

草食動物の教育だった。

  

   

    

  

「比べあわないこと」

「競い合わないこと」

「みんなで助け合って」

「仲間で共同歩調をとって」

「みんなで支え合いながら」

   

生きていくこと

これが

草食動物の特徴。

     

  

  

さて、

現在では

「読み書きそろばん」が「パソコン」

であり

   

  

「メールの返信・パソコン入力」

「コミュニケーションの取り方」等

教育の必要なものは変わってる。

  

   

  

  

しかし、

人を比べることではなくて、

「あなたは、

 ここが優れているから、

 こういう方面で生きていったらどうだ」

というようなことは、

変わってはいけないもの

ではないか。

  

  

  

  

  

出典:宇宙が応援する生き方

  

  

  

  

 

  

✔️本当の寺子屋の教育

(教育の原点)

・競わない教育

・人を比べない教育

・社会に出ても生きていける教育

・自律できる教育

・読み、書き、そろばん

・現代で言うと、読み、書き、パソコン

  

  

おしまい

  

  

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【堀江 貴文】本音で生きる【紹介】

本音で生きる

  

  

  

 

この本を読んでも

やらない言い訳が出るなら、

本当はやりたくないのか、

読解力がないのか、

どっちか

なんじゃないですかね。

  

    

   

   

    

  

  

出典:本音で生きる

  

   

  

   

    

  

  

  

プライドを捨てろ

  

  

  

  

周りを気にして

本音を言えずに

生きている方、

自分のやりたいこと

に踏み出せない方は、

多い。

  

  

  

   

この本の著者である

堀江貴文氏(ホリエモン)は、

徹底的に言うべきことを言い、

やるべきことをやる

という生き方。

  

  

  

  

  

それになぜか

魅かれる方も多い

のではないか。

  

  

  

 

   

本書では、

生き急いでいる

ようにも見える堀江氏からの、

人生を後悔しない生き方

のヒント。

  

  

  

   

プライド、

言い訳、

バランス……。

  

  

   

  

どんな方でも、

自分を生きにくくしているものに、

きっと気づくはず。

  

  

  

    

  

  

✔️本書の目次

序章

  なぜ、本音で生きられないのか

  

1章

  言い訳をやめる 

  

2章

  バランスをとるな! 

  

3章

  本音で生きられない理由は

  「自意識」と「プライド」である 

  

4章

  すべてを最適化せよ 

  

5章

  本音で生きるために必要なこと

  

  

  

  

  

  

  

   

自分の人生は、

自分のためのものである。

  

  

  

当たり前だと思うかもしれないが、

しがらみの多い社会の中で、

自分のために時間

を過ごせていない人

もいるのではないだろうか。

  

  

  

  

「こんなことを言ったら、周りからどう思われるだろう」

  

「浮くのが嫌だから、みんなの意見に合わせよう」

   

こうして人に合わせているうちに、

人生の限りある時間

が過ぎていくことは、

実にもったいない。

   

    

  

  

自分がやりたい

と思ったことに、

躊躇なく挑戦できる人は、

どれだけいるだろうか。

  

   

  

  

もちろん、

慎重に事を進めなければいけない局面

もあるが、

石橋を叩きすぎて

結局最後まで渡れなかった

というのでは、

何も成し遂げることはできない。

   

  

  

  

「言い訳をするな」

  

「バランスをとるな」

  

「プライドと自意識を捨てよ」

   

という堀江氏のアドバイスは、

一見極端だが、

何かを始めたいのに

その一歩を踏み出せない人の背中を、

力強く押してくれるにちがいない。

   

    

    

  

どんなに華々しい成果を上げている人でも、

与えられている時間は誰もが等しく

1日24時間である。

  

  

  

 

本書を読めば

「時間がなくてできない」

という理由づけには

再考の余地があると気づく。

   

   

  

   

  

この本には、

堀江氏の

「人生や時間」に対する基本姿勢

はもちろん、

睡眠時間を削る以外の方法で、

堀江氏がどのように時間を

有効に使っているか

がわかりやすく語られており、

時間の使い方を考え直す

きっかけをくれる。

   

  

  

  

本当にやりたい

と思っていることがあるのなら、

今すぐ目標に向かって

邁進すればいい。

  

  

  

  

  

✔️本書の要点

   

人の目を気にして

本音を言わず、

やりたいことをやらずに過ごすのは

もったいない。

   

「言い訳をしない」、

「バランスをとらない」、

「自意識とプライドを捨てる」。

    

これら3つを実行すれば、

やりたいことに

チャレンジできる自分になれる。

    

  

常に無駄な時間がないか振り返り、

「最適化」することで

時間を最大限有効に

使うことができる。

    

  

情報も人間関係も、

量と鮮度を大切にして

取り入れ続ければ、

自分の引き出しも増えていく。

  

 

  

  

  

  

  

  

✔️本音で生きるために必要な3つのこと

  

本音で生きるために大事なことは、

①「言い訳をしない」

②「バランスをとろうとしない」

③「自意識とプライドを捨てる」

  

  

   

  

  

  

  

本音で生きるのは、実は簡単

   

「本音を言う」

簡単なことに思えるが、

なかなかできない

という人が多い。

  

  

もちろん何でもかんでも

言えばいいというわけではない。

   

  

しかし、

無礼でなければ、

相手からどう思われるか

を気にして

言いたいことを言わない

なんてもったいない。

   

  

そもそも

全く同じ考え、価値観の人間はいない

のだから、

「意見が違う」

こともコミュニケーションの一つ

と考えられないだろうか。

  

  

本音で生きるために大事なことは、

「言い訳をしない」

「バランスをとろうとしない」

「自意識とプライドを捨てる」

という3つである。

  

  

    

   

言い訳をしない

   

何かにつけて、

「できない理由」

を挙げる人は多い。

   

  

「お金がない」

「時間がない」

「才能がない」

「やり方がわからない」

   

  

しかし、

それは

思い込みにすぎない

のではないだろうか。

  

  

本当にやる気があれば、

お金がなくても

周りの人からの信用によって

お金を借りたり、

クラウドファンディングで

資金を集めたり

することはできる。

   

   

また、

時間がない

と思っているならば、

単に今やっていること

をやめて、

違うことに時間を割けばいい

だけのことだ。

  

  

才能がないと悩む人は多い。

   

  

しかし、

何の努力もなしに

才能だけで成功している人なんて

実際にはほとんどいない

のだから、

まずは人一倍の努力

をしてみればいい。

  

   

やり方がわからなければ

インターネットで調べれば

様々な方法が出てくる。

  

  

そもそも、

やり方にこだわらずに、

思いつくアイデアを

次々に試して

努力を続けることが、

結局は成功の近道。

  

  

また、

「自分は何もできない」

というのは幻想だ。

  

  

見方を変えれば

短所は長所になりえるし、

不得意だと思うなら

別のことに挑戦すればよい。

  

  

もし、

リスクを考えて

二の足を踏んでしまうのならば、

それは、

本当に心の底からやりたい

とは思っていない証拠。

  

  

つまり、

本音では現状維持が良い

と考えている。

  

  

もし

経験不足ゆえに自信が持てず、

やりたいことにチャレンジできていない

のならば、

小さなチャレンジと

小さな成功体験を

積み重ねていくことが重要。

  

  

他人と比べるのではなく、

今までの自分と比べて

成長を実感していくことで、

少しずつ自信が持てるようになる

に違いない。

  

  

言い訳をやめれば

行動しやすくなる。

  

   

  

   

    

  

  

バランスをとろうとしない

  

多くの人は、

バランスをとることを重視しすぎている。

   

  

仕事と家庭のバランス、

趣味と収入のバランス。

  

  

しかし、

中途半端な状態で

心が震えるような充実感

を得ることは不可能だといってよい。

  

  

何かを犠牲にして

物事に没頭してこそ、

得られるものがあるのだ。

   

 

バランスをとろうとするのは、

安定を求めるゆえの行動だが、

実際には

安定した仕事や人間関係など

存在しない。

   

  

むしろ、

安定にしがみついて

リスクをとらないようにすることが、

リスクになりかねない。

  

  

バランスをとらなければならない

と考えている人は、

「ゼロイチ思考」

にとらわれすぎている。

  

  

勝ち負けのように、

両極端に考えてしまう。

  

  

  

しかし

本来、

社会も人間関係も多彩で、

グラデーションのようになっている。

  

    

人間関係については、

その時々で、

必要に応じて関係性を見直していけばよい。

  

  

  

  

  

   

自意識とプライドを捨てる

   

世間体を気にして、

やりたいことに踏み出せない

という人がいる。

   

  

しかし、

他人のことなど

誰も気にしていない。

  

  

実際には存在しない「世間」に

縛られる必要は一切ない。

  

   

  

また、

自己防衛をしようとするあまり、

プライドが高くなっている人よりも、

プライドにこだわらず

自由に生きている人の方が、

好感度が高くなる。

  

  

プライドがあると、

「上手く振舞おう」

と身構え、

自然体での人づきあい

ができなくなるから。

   

  

逆に、

「自分が無知だ」

と認識している人は、

変なプライドがないため、

苦手なことを

それが得意な人に任せるなど、

人の力を借りるのがうまい。

   

  

その結果、

自分の夢を実現しやすくなる。

    

  

    

   

   

  

ノリとフィーリングで

  

チャンスをつかむ

    

チャンスをつかむには、

「ノリのよさ」

も大切である。

  

  

人から誘ってもらったこと、

面白いと思ったこと

に飛び込んでいくのだ。

   

   

   

飛び込んでみて必ずしも

いいことがあるとは限らないが、

あちこちから誘いが増え、

確実に新しい経験

ができるようになる。

  

挑戦する前に

実現可能性を考えて

尻込みする人は、

リスクをとらないことが

最大のリスクであることに無自覚である。

  

  

ノリとフィーリング

でやってみないと、

チャンスはつかめないし

成功には近づけない。

   

     

「小利口」が一番よくない。

  

  

     

  

  

✔️堀江流 時間の使い方

   

   

自分の時間を

    

最大限に生きるために

     

やりたいことはあるが、

やる時間がない

という人は多い。

  

  

しかし、

死ぬまでの時間だけは、

誰にとっても

平等に与えられているもの。

  

  

それをどう使うか次第。

  

  

「他人の時間」

ではなく

「自分の時間」

を生きてこそ、

「充実した人生が送れること」

を忘れてはいけない。

   

   

そこで、

自分の時間を最大限有効に活用

するために、

時間の「最適化」

を行うことを

堀江氏は提案する。

   

  

限られた時間の中で

もっと効果を出すには

どうしたらよいか、

無駄なことはないかを常に考え、

PDCAのサイクルを回す。

  

  

自分の人生を改善するには、

自分の行動や周囲

を注意深く観察し、

惰性で続けていることの解決策

を考えることが大事。

  

  

   

たとえば、

よく行く店の接客が

無駄に長いと感じるならば、

すばやく買い物ができる

ネットショッピングに切り替えればよい。

   

   

  

また、

満員電車で

毎日体力を消耗するくらいなら、

多少

家賃が高くても

職場の近くに住んで、

その分仕事の成果を上げればいい。

  

   

  

無駄だと思うことを見つければ、

そのたびに改善を重ねていけばいい。

  

   

   

  

  

  

隙間時間を

    

「価値ある時間」に。

     

今まで当たり前のように

行っていたことも、

最適化が可能。

   

  

たとえば、

タクシーの配車アプリUber(ウーバー)

によって、

依頼や支払いなどの

コミュニケーションを効率化

することができる。

  

  

また、

スマホは「隙間時間」を有効に使うために

不可欠なツールとなっている。

    

   

ニュースアプリを使った情報収集や、

メッセージのやりとりはもちろんのこと、

企業のPR活動をSNS上で行い、

お金を稼ぐことだってできる。

    

   

隙間時間にスマホを眺めることで、

大きな価値を生むことができる。

   

  

  

   

  

  

   

得意分野に専念する

    

自分ひとりですべてをやろう

としても限界がある。

  

  

自分は得意分野に専念し、

そのほかは得意な人に

外注すればよい。

 

  

苦手なことをわざわざ自分でやるよりも、

よっぽど効率的だ。

  

  

堀江氏は、

ホテル暮らしをしており、

洗濯や掃除などの雑用を、

ホテルのスタッフに任せている。

  

  

また、

服選びもファッションセンスの良い友人

に任せているという。

  

  

仕事でも、

経理やスケジュール調整などは

専任のスタッフに任せることで、

無駄な時間を費やさないようにしている。

  

  

自分でなくてもできる仕事

をどんどん削ぎ落とし、

自分にしかできない

コアバリューに集中することが重要。

    

    

  

では、

自分の得意分野(コアバリュー)は何なのか。

  

   

  

それは、

人に仕事を任せて、

本当に自分がやりたいことをやる中で、

自然と見えてくる。

  

  

  

ただし、

外注する際は外注先に任せる仕事内容を、

自分でも理解しておくことが必要。

  

  

例えば

アプリをつくるにしても、

ある程度はプログラミングの知識がないと、

外注先に的確な指示ができず、

期待した成果が得られなくなってしまうので要注意。

  

  

  

  

  

情報と人間関係の

    

「巡り」をよくしよう

     

何かに挑戦するとき、

その分野を教科書で

一から勉強しようとするのは

ナンセンス。

  

  

体系的に学ぼうとすると、

つまらなくなって

投げ出してしまう

可能性が高い。

    

   

    

何をやりたいか、

今の自分に何が必要かを見極め、

重要なポイントに絞って

効率的に学ぶことが大事。

    

   

必要なことをその時々で学んでいけばいい

のであって、

事前にすべて勉強しよう

とするのは時間の浪費。

  

    

同時に、

「情報をたくさん仕入れる」

こともポイントとなる。

  

  

便利なアプリやサイトなど、

知っているだけで

膨大な時間を節約できるものもある。

    

   

また、

新しいイベントや作品、

サービス、

技術について知ることで、

時流を読んでビジネスに

生かすこともできる。

   

  

  

時にはあえて

自分とは見解の異なる情報も取り入れながら、

まるでシャワーを浴びるように、

圧倒的な量の情報をインプットする。

   

   

  

そのうえで、

インプットした内容を何らかの形で

アウトプットしておくと、

頭の中の引き出しに蓄積されていく。

   

   

取り入れた情報は、

その場ですぐに忘れてもかまわない。

   

  

 

『本当に大事な情報は

 脳の片隅に残っている。』

  

何かのきっかけで

情報と情報が結びついたときに、

新しいアイデアが浮かんでくるようになる。

   

  

同様に、

人間関係も新陳代謝を図る必要がある。

    

  

常に新鮮な出会いを作っていくと、

そこから新しい何かが生まれる。

     

  

正直なところ、

堀江氏もそれが

億劫に感じるときもあるという。

    

   

  

しかし、

古い人間関係だけでは

考えが固まってしまうため、

新しい価値観にふれるために、

あえて新しい出会い

を作るようにしている。

  

  

  

  

極限の忙しさに

     

自分を追い込む

   

時間を最適化することの重要性

について述べてきたが、

実は時間をうまく使いたいのなら、

自分を「極限まで忙しく」追い込んでみること

も効果的。

  

  

「忙しい、時間がない」

といっても

まだまだ

予定を詰め込む余地はある。

  

  

限界までやりたいこと

をやってみると、

逆に時間をどう使えばいいのか

が見えてくる。

  

 

じっくり長期ビジョン

を考えている暇などない。

今すぐ取りかかるのが一番。

   

  

  

  

  

  

  

自分の人生を

  

自分でつかみたいなら、

  

ぜひ読んでください

   

by 堀江貴文

  

  

  

   

  

  

   

  

 

   

   

  

  

おしまい

  

  

  

  

  

  

✔️関連動画

   

出典:BookTuber Maiko

   

  

  

   

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おしまい  

カテゴリー: Life Options, LIFE SHIFT, メンタルヘルス, 人間関係, 働き方, 哲学, 本の紹介, 生き方, 自分のアタマで考える | 【堀江 貴文】本音で生きる【紹介】 はコメントを受け付けていません

【堀江 貴文】捨て本【紹介】

出典:捨て本

持たない、頼らない、執着しない

  

  

  

  

  

  

  

良くも悪くも、

あなたの持ち物は

重くなってはいないか。

  

  

大切にしていた「はず」のモノで、

逆に心が押しつぶされそう

になってはいないか。

 

  

だから、

ビジネスも人生も

「捨てる」こと

からはじめよう。

  

  

「これから」を、

病まないで生きるために。

  

  

堀江貴文が

満を持して送る

「捨てるため」の本。

  

  

  

時代の寵児から

一転した逮捕・収監を経て、

令和元年、

ついに日本初の民間ロケット打ち上げ実験

を成功させた堀江貴文。

  

  

その折々にあったのは

「捨てること」

「持たないこと」

を徹底した思考法だった。

  

  

  

もし、

自分にある種の強さがあるとすれば、

それは「捨てる」ことへの、

ためらないのなさかもしれない。

  

  

  

幼少期の原体験から東大、

ライブドア時代と、

久し振りに自身の半生を

ゼロから振り返った「原点」がここに。

  

  

  

逆境にあっても

未来を見据えながら、

今を全身全霊で生きる。

  

  

  

そのために、

捨てるべきものは何か。

  

  

  

持っていなければいけないものは何か。

  

  

  

ライフハック、

お金、

仕事から

人間関係まで、

「所有」という概念

が溶けたこの時代

に最適化して、

幸せに生き抜くため

のメソッド集。

  

  

 

   

  

   

  

  

目次より

  

―本当にそれは必要ですか?―

  

大切なモノを捨てていくことが、

本当に大切なモノにアクセスする手段となる。

  

  

  

―所有欲―

  

「所有」と「獲得」。

この2つは似て非なるものだ。

決して混同してはならない。

  

  

  

―プライド―

  

辛く苦しいときに、

どう対処するか。

あえてピエロになるという選択。

  

  

  

―誰かのせい―

  

自己否定の連続こそが

強いアイデンティティを育てる。

  

他人のせいにしても、

あなたの未来は開けない。

  

  

  

―人間関係―

  

ステージごとに人間関係はリセットする。

  

しがみついているのは、

むしろあなたの方かもしれない。

  

  

  

―愛着―

   

根拠のない「愛」とか、

ましてや「縁起」とか(笑)。

  

全部捨てて何が悪いのか?

  

  

   

―結婚―

   

ひとりきりは寂しかった。

  

でも、

自分で「捨てる」

と決めたから後悔はしない。

  

  

  

―家―

   

それは家族のため?

自分のため?

・・・全部、違う。

  

あなたは刷りこまれているだけだ。

  

  

  

―家財一式―

   

収監という「強制断捨離」。

  

何もない部屋で感じたのは

すがすがしさだった。

  

  

  

―分かち合うこと―

  

独占ではなく共有。

  

体験は共有することで

楽しみのバリエーションが広がる。

  

  

  

―持ち物と思い出―

  

思い出を捨てられない人はヒマなだけだ。

  

場所はおろか時間まで取られてタチが悪すぎる。

  

  

  

―嫌な仕事―

  

辞められない理由はなんだろう。

   

安心感? 安定感? 

・・・嘘だ。

   

〝損切り〟に臆病になっているのだ。

   

  

   

―好奇心―

  

誰からも奪われることがない

自分だけの人生の相棒

が「捨てるもの」を最適化する。

  

  

  

  

  

  

  

  

 

  

  

  

現在の僕も不思議に思う。

  

  

  

  

それ(もの、こと)を大切にする意味は、

まるでない。

  

  

  

  

でもそれは後になってから、

思えることだ。

   

  

  

大切なものは、

大切だった。

    

  

その喪失感は、

今も鮮明に思い出すことができる。

   

    

別に、

このチョッキ

に思い入れがあるのではない。

   

    

大事だと「思いこんでいるモノ」

にとらわれていた、

原体験のエピソードとして、

記憶に残っている。

     

  

あなたにも、

経験があるだろう。

 

  

  

なくしたときは悲しんだけれど、

後々になってからは

「なんであんなものを大事にしていたんだ?」

と、首を傾げてしまうようなモノ

を持っていた。

  

  

  

子どものときだけでなく、

つい最近も、

経験したのではないか?

  

   

  

必要な道具、宝物、

それが

人生を豊かにしてくれる

と信じている多くのモノ

に囲まれて、

人は暮らしている。

  

  

  

  

だが、

ほとんどのモノは、

「大切」という幻想のパッケージ

にくるまれた不要品だ。

  

    

    

不要品という表現

は厳しいかもしれないが、

それらを失ったところで

特に何ともない。

  

  

  

まず命までは、

奪われたりしない。

   

  

  

逆に、

持ち主の決断や行動を

縛りつけていることもある。

  

  

  

本当に大切なモノへ

アクセスするのに、

障害となっているのだ。

  

  

  

  

僕も、かつては

人並みに所有欲

にとらわれていた。

  

  

  

だが、

これまでに経験した

さまざまな別れや喪失を経て、

いまは完全に解放されたと思う。

  

  

  

  

 

それは自分の意志だけではなくて、

僕の場合は国から、

半ば一方的に捨てさせられた事情もあるが、

それでも捨てたこと、

なくしたことへの後悔はなかったりする。

  

  

  

  

  

モノがなくなり、

身軽になるほど、

行動のスピードは上がり、

アクセスする情報や

世界のステージは高まっていった。

  

  

  

  

大切なモノを捨てたことで、

もっと大切なものが、

自分のなかで明確になっていった

ような感覚だ。

 

  

  

  

モノを持つことを、

否定はしない。

  

  

  

何かに執着する気持ちも、

宝物を愛する気持ちも、

モノを得るためには、

何がしかの努力をしなくてはいけないことも、

理解している。

  

  

  

  

 

僕もかつてはそうだった。

  

  

  

そんな時代を過ごして、

たまたま何度か、

その欲を満たすことができた。

 

  

  

  

だからこそ、

モノをほとんど持たなくても不安にならない、

逆に本当に大事なことだけに突き進んでいける、

現在の心境にたどりつけたのかもしれない。

 

  

  

  

いろんなところで語っているが、

いま僕には家がない。

 

  

いわゆるノマドな生活をしている。

  

  

 

東京にいるときは、

あるホテルが定宿だ。

  

 

   

私物は、

スーツケースに4つほどで収まっており、

そのホテルに保管している。

  

  

 

スノーボードのボードとか、

アクティビティ系の少しかさばるものは、

別のオフィスの一角に置いてあるが、

ごくごくわずかだ。

 

 

  

 

 

家具も家電も持っていない。

 

 

  

 

  

移動のときはスマホを持つぐらいで、

基本的には手ぶらだ。

 

   

財布は持たない。

 

  

マネークリップには自動車の運転免許証、

小型船舶操縦士免許証、

健康保険証、

クレジットカード3枚、

キャッシュカード2枚、

PASMO、現金、

それだけだ。

  

 

    

  

  

ノートパソコンも使わなくなった。

  

  

 

周りから言わせると驚くほどの軽装らしいのだが、

一体このほかに何を持つべきなんだろう?

  

 

 

  

この程度の持ち物で、

大概の人よりも多くの仕事をこなし、

楽しく、刺激いっぱい

の人生を過ごせている。

 

   

   

いま、

この本を読んでいるのが、

あなたの自宅なら、

少し部屋を見まわしてほしい。

 

  

  

  

きっと大切なモノが、

たくさん置いてあるだろう。

  

  

お気に入りの洋服、

高かったブランド品、

好きな人からもらったプレゼント、

好きなアーティストのグッズ、

仕事先の名刺ファイル、

資格勉強の参考書、

親からの手紙……

部屋の外には自転車やバイク、

パーツにお金をかけた車

もあるかもしれない。

  

  

 

「どれも大事」

「ずっと死ぬまで持っていたい」

「これがあるから自分は頑張れる」

 そういった気持ち

がこもっているモノも多いはずだ。

   

  

そして、

形のないモノも持っている。

  

  

  

親への恩、

仲間内での義理、

借りを返す責任、

上司からのプレツシャー、

習い事の約束、

飲み会や遊びの予定、

締め切り、

嫌いなやつへの怒りや恨み、

将来への不安……。

  

  

  

ポジティブなモノはさておき、

持っている事実

を認めるだけでため息が出る、

ネガティブな感情

も少なくないと思う。

  

  

  

 

あなたの持ち物は、

良くも悪くも、

たいてい

「捨てられない」

「捨ててはいけない」

ものばかりだ。

  

  

  

  

  

でも、

あえて聞こう。

  

  

  

  

本当に? 

本心から、

そう思ってる?

  

  

  

なくなっても、

大騒ぎするのは、

そのときだけじゃない?

  

  

  

 

それを捨てても、

あなた自身を含めて

誰ひとりあなたを責めないはずだし、

困ることもないでしょ。

 

  

 

 

  

  

  

あなたはモノが大切なのではなくて、

いま持っているモノにまつわる、

人間関係や安心感に、

見捨てられるのが

怖いだけなんじゃないか。

 

   

  

  

  

断言する。

  

  

モノへの愛は、

ほとんどは思いこみである。

 

  

あなたが愛しているほどに、

モノの側は、

あなたを愛していない。

    

 

モノに囲まれた偽の充足より、

それを大胆に捨てて、

軽やかに走りだす爽快感を選んでほしいのだ。

  

  

  

モノの量は、

思考の密度を奪う。

  

  

「なくしたらどうしよう」

「それを失うと自分が欠けてしまう」

という、

余計な不安が頭のなかに生じる。

 

  

  

  

安心するために必要だったモノは、

逆に不安を増幅する装置となる。

  

  

  

自分の命以外の何も所持していない、

赤ん坊に何か不安があるだろうか?

  

  

   

   

それは極端な例かもしれないが、

所有しているモノが少ない者が、

不幸であり、

満ち足りていないとは、

決して言えない。

  

  

  

  

 

僕らは、

所有欲に振り回されなかった、

赤ん坊に戻っていいのだ。

   

  

  

 

テクノロジーの急速な進化の結果、

信用評価による経済活動や

シェアリングエコノミー、

クラウドファンディングなど

の支援の仕組みが成熟しつつある。

  

  

  

  

富の再配分のシステムについても、

ベーシックインカムの方が合理的

ということに遠くない将来、

みなが気づき始めるだろう。

  

   

  

人は誰かの助けの手を得やすくなってきた。

  

   

助けを与える側のハードルも下がってきた。

  

  

  

 

たとえ、

お金やモノがなくても、

昭和や平成の最初の頃の「お金持ち」

と同じような暮らし

が享受できる社会になりつつある。

  

  

  

  

  

あなたは決して、

独りきりではない。

  

  

    

いまは孤独を感じるかもしれないが、

あなたを囲んでいる不要品が、

視界を遮っているだけだ。

  

  

       

モノの壁の向こうには、

助けてくれる人が大勢手を差し伸べている。

   

  

それがこの社会の真実であることを、

僕はずっと説いていく。

    

  

「常識や理屈に縛られ、

 思考停止した生き方をしている人が、

 どうすれば自由に生きられるのか?」

    

   

これは、

僕が近年ずっと探求し、

世に送り出した何十冊もの著書で

発信してきたメッセージの根源

にもなっているテーマだ。

  

  

  

繰り返すが、

僕はすでに所有欲からは

解放されている。

  

  

  

禅僧のように

超然としているわけではない。

  

   

  

 

  

「捨てる」行動や選択には、

時に痛みや寂しさが伴う

というのもわかっているつもりだ。

  

   

僕も昔は、

あなたと同じように、

モノを大切にしてきた。

    

  

  

さまざまな出来事や実践に際して、

「捨てる」作業をひとつずつ、

人と同じように繰り返してきた。

    

  

 

そうして現在の「持たない」暮らし

に至っている。

  

  

  

僕のある種の強さは、

「捨てること」と「持たないこと」

の徹底した積み重ねが、

基礎になっていると言えるだろう。

  

  

  

  

豊かに生きるには、

モノや他人への執着を捨て、

いまを生きること。

  

  

   

他人を気にせず、

自分の気持ちに従うこと。

  

  

  

  

ケチにならず、

分け与えることだ。

格好つけているわけではない。

  

  

  

  

これが、

この世の真理である〝諸行無常〟

に最適化した方法なのだ。

  

    

  

  

  

誤解されたくないが、

別に僕は諸行無常を人生のテーマ

にしているのではない。

  

  

  

  

昔、

インタビューなどで

「座右の銘は?」と問われ、

面倒くさいから「諸行無常」

と答えることもあったが、

これをモットーに行動や選択

を行っているわけではない。

  

  

  

  

  

 

自然な、

自分にとってストレスのない選択

を重ねていくと、

結果的に諸行無常

に即したスタイルになった、

というだけのことだ。

  

  

  

  

  

諸行無常は

「捨てること」

に通じる。

すべてのものは移り変わる。

 

  

  

  

 

だから、

いつまでも同じモノを

持ち続けることはできない。

  

  

  

  

 

持ち続けようとこだわると、

矛盾と軋轢を生むのだ。

  

  

   

この〝断捨離〟

がうまいか下手かで、

移り変わりのスピードが

加速度的に速くなり続ける現代における

幸せの量が、大きく変わる

と言っても過言ではないだろう。

  

  

 

  

  

ふだん過去を思い出すようなこと

は滅多にないが、

本書では久しぶりに

40代後半までの半生を振り返り、

僕なりの「捨てる論」

を明かしていこうと思っている。

  

  

  

 

僕は

お金の啓発やビジネスの成功法、

人生への指南や思考論など、

多くのテーマで本を書いてきた。

 

  

  

  

今回はいつも以上に、

自分には当たり前すぎるほど当たり前で、

読者へのおせっかいの度合い

の強い本になるだろうと、

いまから感じている。

 

 

  

 

最初に、

語るべきことをまとめて言うなら──。

「あなたは本当に必要なモノが何なのか、わかっていますか?」

ということだ。

   

  

  

  

そう言われて、

イラッとするより先に

少しでもドキッとした人は、

ここから語っていく話を

読む意味が、

大いにあるだろう。

  

  

  

「所有」という概念は

だんだんと溶けていき、

やがては遺物になっていく。

  

  

  

シェアリングエコノミーは、

若い世代から順番に、

ライフスタイル、

ひいては社会の常識を、

変えていこうとしている。

  

  

  

  

価値(値段)の高いモノを

「どれだけ持つか」よりも、

「どんな価値観を持つべきなのか」

が、真剣に問われる時代になっていく。

 

 

  

  

  

モノに縛られ続けるか、

モノを飛び越して好きなように

動いて暮らすのか、

選ぶのはあなた自身だ。

  

  

 

僕はもちろん、

すべての人が、

後者であってほしい。

 

  

  

2011年、

著書『お金はいつも正しい』

で、僕は次のように書いた。

  

  

 

[これから世界は、

 加速度的にグロスからネットの社会

 に変わっていくでしょう。

 GDPや売り上げのようなグロス

 を追う時代は終わり、

 「中抜き→デフレ」が進む中で、

 実質的なクオリティ(=ネット)

 が重視される時代になるわけです。

 それは、

 バカ高いブランドものより、

 自分にとって本当に必要なもの

 が優先されることを意味します。

 自分が求める「質」を大切にしていれば、

 たとえ低いとされる年収であっても

 豊かな生活が送れるようになります。]

  

    

   

  

8年前、

スマホがまだ普及していない頃の談だ。

  

だいぶ時を経てしまったが、

言いたいことの軸は変わっていない。

  

  

 

豊かな生き方とは、

お金にまつわる既成概念から、

解放された先にあるのだ。

  

  

  

 

しかし

旧来の既成概念は、

いまだ解かれず、

多くの人々が古い常識や価値観

にしがみついて、

自ら苦しんで生きている。

  

  

  

長年繰り返して、

自分の思い出したくない過去や

恥ずかしい話も引き合いに出しながら、

声の限りに、

本質的な意見を述べ続けているのに、

かなか世のみんなは変わらなかった。

  

  

  

  

多少の無力感を感じないでもないが、

僕は挫けていない。

  

  

 

別に

世のため人のためにやっていこう、

なんて考えていない。

  

  

  

僕なりに

実践や提案を続けていくことで、

結果的に

社会をバージョンアップさせる一助

になればと思っている次第だ。

   

  

  

そうすると、

僕のストレスも少し減ってくれる。

  

  

  

まずは本書が、

あなたに

「捨てる勇気」を与え、

人生の余分なウエイトを取り除ける手助け

になれば嬉しい。

  

  

  

読み終わったとき、

いまこの瞬間より身軽になって、

新たに動きだそう

と踏み出してもらえたら本望だ。

   

    

  

    

  

最後にもう一度、

    

持たない、頼らない、執着しない

  

  

  

  

おしまい

  

出典:捨て本

  

  

  

  

  

  

  

 

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【小林正観】100%幸せな1%の人々【紹介】

   

  

  

  

執着の手を離して

自由を手に入れる

   

「『100%幸せな1%の人々』とは、

 思いを持たず、

 今、恵まれていることに気づいて、

 感謝をしている人々です」

という文章から始まる。

  

  

「思いを持たず」とは、

「あれが欲しい、これが欲しい」

「あれが足りない、これが足りない」

と言わないということ。

  

  

「こうでなければイヤだ」

と執着を強く持つのではなく、

「そうならなくてもいいけど、

 なったら嬉しい、楽しい、幸せだ」

と思ったとき、

不思議な力(潜在能力)

が助けてくれる。

  

  

アフリカで、

どうやってチンパンジーや

オラウータンを捕まえるか

知っていますか。

  

  

物をつかんで

拳を握った時には、

それを引っ張り出せない程度

の大きさの木のウロ

(空洞になっているもの)

にバナナを入れておくと、

チンパンジーやオラウータンは

その穴に手を入れて

獲物を取り出そうとする。

  

  

  

そして

生け捕りにされてしまう。

  

手を離せばすぐに逃げ出せるのに、

一度つかんだものを放そうとしない

(執着している)

彼らは逃げられない。

  

  

私たちも同じかもしれません。

  

「こうでなければイヤだ」

というその執着の手を放すだけで、

私たちは

自由になれるのに

気がつかないでいるのかもしれません。

  

  

  

  

気がつきさえすれば、

あなたの周りは

幸せだらけなんです

  

幸せというのは、

良いことが起きるとか、

楽しいことが起きることではない。

  

そうではなく、

「何も起きないことが幸せの絶対的な本質」。

   

この幸せの本質を知らないまま

「どこかに幸せがあるに違いない」

と言って、

頑張る人がいますが、

幸せと言うのは

「努力したら手に入るもの」

ではない。

   

目が見えること、

耳が聞こえること、

足を使って歩けること、

物が持てること、

息ができること、

食事ができること、

友人がいることなど、

   

「今まで当たり前だと思っていたこと」

に感謝することができれば、

日常生活は「幸せ」

に満ち溢れていること

に気づく。

    

  

「幸せ」は、

目の前に山ほどあり、

私たちは「幸せ」

という海に浸かっている

にも関わらず、

それを認識していないだけ。

  

  

「幸せ」は、

どこかに行けば

手に入るものではない。

気付くだけで手に入る。

  

  

  

わたしの身に起こることは、

わたしにとって必要なこと

  

「宇宙には、幸せも不幸も、

 そういう現象は存在しない」

ということ。

  

どういうことかと言うと、

ある現象が目の前を通り過ぎようとしたとき、

「私」が何も関心を示さなければ、

ただ通り過ぎただけ。

  

しかし、

その現象について

私が「おもしろい」

と思ったならば、

それは

「私」にとって面白いことになる。

  

目の前の現象について

私が「つらい」と思った瞬間、

「私」にとってつらい現象になる。

  

しかし、

私が「幸せ」と思った瞬間、

「私」にのみ帰属した幸せな現象になる。

  

 

事実や現象はひとつですが、

それを受け止める側の「心」が

その現象の価値を決めている。

  

「とらえ方」の違いで、

目の前の現象は

「幸」にも「不幸」にもなる、

ということ。

  

そして

いつでも「幸せ」を認識できる

「1%」の人々とは、

「すべてを受け入れる」こと

をしている人たちとのこと。

  

  

 

「すべてを受け入れる」とは、

自分に起きたことや

これから起こることは、

「すべて自分が成長するために必要だ(だった)」

と、受け入れること。

  

  

私たちが

目の前の現象について

悩んだり苦しんでいるのは、

そのことを受け入れず、

否定していることから始まる。

  

  

否定せずに、受け入れる。

  

私にとって必要なことなのだから、と。

  

  

  

  

  

他人の価値観を

変えようとした瞬間から、

その人は

あなたのストレスになる

  

正観氏のところには

いろんな人が相談にくるそうです、

「私の姉が・・・・・、息子が・・・・・」

と言い始めると、

もうそこで「やめにしましょう」

と言って終わりにしてしまう。

  

それは、

本人の問題であれば

聞くことができるけど、

周りの人をどうしたい

という話は

相談ごとではないから。

  

ただ「自分の思い通りにしたい」だけ

だから。

  

「夫が酒を飲んで夜12時以降にしか帰ってこない。どうしたらいいか」

  

「子供が不登校になってしまった。どうしたらいいか」

  

「叔父と叔母がケンカばかりしている。どうしたらいいか」

  

いずれの相談も、

「自分がどう生きるか」

ではなくて、

「自分以外の人をいかに自分の思い通りにするか」

ということが、

自分の「悩み」

だと思っている。

   

「自分以外のものを自分の思い通りにする」

という考え方を全部やめる。

  

自分の価値観、

自分の考え、

自分の生き方

とは違うということを認め、

まるごと受けいれてしまう。

  

 

その人がそういう人

であることを認めてしまった方が、

自分にとって一番ラク。

  

  

  

  

他人の価値観を否定せず、

自分の価値観を拡張していく

  

自分の心の広さを

仮に「扇」に例える。

  

その扇の広さ90度が平均的寛容度だとする。

  

そして、

その90度の外側に、

自分にとって許せない、

あるいは我慢できない人が

存在するとします。

  

その外側にいる人を、

自分の90度の枠内に

連れてこようとする。

  

その人が

自分の価値観や許容範囲の中

に入ってきてくれれば

何の問題もないのですが、

そうそう簡単には入ってきてくれない。

  

そこで悩み、

苦しみ、

ストレスを感じる。

  

もし、

自分の90度の

許容度・寛容度を広げることができ、

相手を受け入れることができたならば、

そこで問題は消滅する。

  

イライラも腹立ちもなく、

相手を受け入れたのだから、

相手が自分の許容範囲

に入っていることになる。

  

仮に許容範囲が120度になったとき、

130度のところに、

また人が現れたとする。

  

その人を私が認め、

受け入れてしまえば、

私の心の領域が広がり、

またイライラがなくなる。

 

「そういう価値観の人も確かにいるよね」

というふうに、

自分の心の許容範囲を広げることで、

楽になるのは相手ではない。

  

自分自身がラクになる。

  

だから、

その現われてくれた人は、

常に心の許容範囲を広げて下さる方

だと思ってみる。

  

その人のおかげで、

やがて180度のきれいな扇の広がり

を持つことができるようになる。

  

心の「扇」を広げること。

  

これこそがまさに、

自分が

ラクに生きるための「奥儀」。

  

  

  

価値観に

良いも悪いもなく、

その価値観によって

自己完結する

  

「人生というのは、一人の人間において『自己完結』するものです」

という一文がありました。

  

  

ある女性の話。

  

彼女には、

23~24歳の後輩のOLが3人いた。

  

その会社では、

春と秋にバーベキュー大会

を開催するのが恒例だった。

  

いつもその3人のOLは、

焼いている時は

遠くでおしゃべりをし、

食べる段になると

最前列まで来て食べるそう。

  

そして片付けのころになると

「用事があるので失礼します」

と言って帰っていく。

  

何の手伝いもしたことがないとのこと。

  

その女性は、

「あの3人に対しては、

 どうしてもイライラと腹が立つのです。

 どのように解決したらいいでしょう」

と小林正観さんに聞いたそう。

  

正観さんの答えは、

自分がバーベキューを手伝いたくないのなら、

やらなくていい。

  

やりたければやればいいし、

やりたくなければ、

やらなければいい。

  

その結果が自分に返ってくる。

  

それが「自己完結」。

  

要領よく立ち回っている

その3人とも、

それぞれの人生で

「自己完結」するはず、

というもの。

   

だから、

自分の持っている価値観と他の人

(この場合は、3人のOL)

のそれが違っても、

論評する必要はない。

  

その3人には、

その生き方に見合った結果

が返ってくる。

  

  

  

  

  

  

「思いを持たない」とは、

目標も持ってはいけないのか?

  

  

「7つの習慣」の第一の習慣「主体性を発揮する」

ほぼ同じことを言っている。

   

「原理原則」

ということなのでしょう。

  

   

一方で、

小林正観さんや斉藤一人さんの本を読むと、

いわゆる成功の王道として語られる

「人生の目的を決め、目標を持って生きる」

といった考えとのギャップをいつも感じる。

  

  

  

例えば本書で言えば、

「思いを持たない」、

「執着の手を離す」といったこと。

  

  

「目標を持つ」ことは、

「思いを持たない」こと

と相反するのじゃないかと。

  

  

  

自分の理解が浅いだけで、

深いところでは

同じ方向を向いているのか

そんな風にも感じる。

  

  

  

おしまい

  

  

  

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