【淡々と生きる】否定しない生き方 無敵の生き方

  

  

否定しない生き方 

   

無敵の生き方

  

  

  

  

  

  

  

 

  

  

不満や愚痴を言わなくなると、

    

人生がおもしろくなる。

  

  

     

  

  

  

  

  

  

何があっても「五戒」を言わず

  

口から出る言葉がすべて優しく

  

周囲の人を元気にするものであれば

  

地球や宇宙を味方につけることができる。

  

  

   

  

✔️五戒とは

「五戒」=「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」

  

  

  

  

  

   

  

  

✔️地球や宇宙を敵に回している人の共通項

「辛い、悲しい、つまらない、嫌だ、嫌い、

不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」

などの否定的な言葉をよく使う

  

   

   

  

  

   

✔️やる気がなくても働いて良い

やる気は無闇に使ってはいけない

  

  

  

  

  

  

  

✔️究極に幸せな人の共通項

少食な人

(いろんな意味で)筋肉がある人

人と比べない人

競わない人・争わない人

何があっても、常に穏やかな人

   

  

  

   

   

  

  

  

  

無敵を生み出す「き・く・あ」の心

  

  

   

  

✔️「き・く・あ」

き・・・競わない

く・・・比べない

あ・・・争わない

  

  

  

  

競争には、キリがない。

  

他人との比較も、キリがない。

  

争いも、不毛なのでやめる。

  

  

  

  

  

  

幸せは、

競うこと、比べること、争うことで

手に入るものではない。

  

  

  

 

「勝つことが、正しいこと」ではない。

  

  

  

  

  

   

「自分は、勝ち組だ」

    

「自分は、負け組だ」

  

そんな、

他人と比べても

しかたない勝負は

  

もう、終わりにする。

   

  

  

   

   

「お金を稼げない=価値のない人間」

  

ではない。

  

 

  

  

  

  

人と競い合って

自分のためだけに生きるよりも

    

人に何かをしてあげることで喜ばれ

自分も人の好意に素直に甘えて

それに感謝して生きる方が

   

ストレスもなく

心温まる豊かな人生になる。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

戦わないで、争わない方法は

簡単だし、楽しいし

敵も作らない。

  

  

別に、他人に媚びることではない。

  

   

   

「無敵」の本質は、「敵が無い」こと。

  

   

  

  

  

争いに来た相手すべてを

味方にしてしまうのが「無敵」。

  

  

   

   

根源的な解決方法は、「気にならない」

  

  

  

✔️根源的な解決方法

「気にならない」状態

  

  

   

「気にしない」≠「気にならない」

「気にしない」と「気にならない」は異なる

  

  

  

  

  

「気にしない」状態

I don’t mind.

(いわゆる、ドンマイ)

   

  

  

  

「気にならない」状態

There is no problem.

(どこにも問題がない)

  

  

  

  

✔️「気にならない」状態

・「問題を問題として認識しない」という

  人格のありよう・あり方。

   

・問題を根本的に生み出さない

  根源的な解決方法。

  

  

   

  

  

 

「自分」が変わることは簡単

  

  

「自分」が変わることは簡単。

  

  

  

  

なぜなら、多くの他人を変える必要はなく、

変えるべき相手は一人だけ、

自分自身だから。

  

   

   

   

  

✔️変えるべき相手

×・・・他人を変える

⚪︎・・・自分自身を変える

   

  

  

自分自身が、変わりたいように変われば良いだけ。  

  

  

他人に期待しない。

  

  

それは、自分にとっても、

最も居心地が良い心の状態を作り出す。

  

  

   

   

  

  

 

自分が人格者になれば早く楽になる話

   

  

 

✔️人間関係をオールマイティーに解決する方法

✔️心を楽にして生きる方法

自分が人格者になれば良い

  

  

  

  

  

人格者になるということは、

誰に何を言われても、

もの前にどんな現象や出来事が起きても、

それについて怒らない、腹を立てない、

怒鳴らない、イライラしない、

声を荒げない、

ということに他ならない。

  

  

  

  

  

自分にとって

楽しいと思える人格を作ること

  

  

   

   

自分が

人格者になってしまうこと

  

  

  

   

  

  

  

  

「金」じゃなくてもいい。

「銀」じゃなくてもいい。

 どうでもいい。

  

  

  

  

世間体が、どうととか、

そんなことは、どうでも良い。

    

  

  

  

  

  

   

  

周りの現象や出来事を

いつも同じ穏やかさで

対応していくことが、

   

自分にとって、

一番「ラク」であり

一番「得」な方法。

 

  

  

  

  

それは、

あなたにとっても、自分にとっても。

  

   

  

    

    

  

おしまい

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【小林正観】「思い」を持たない

「思い」を持たない

  

  

どうしたら悩み苦しみをゼロにすることができるか。

  

解決方法は2つあります。

  

ひとつ目の方法は、

『世の中のことは思いどおりにならない、ならないことばかりである』と思い定めること 

  

ふたつ目の方法は、

『思い』を持たないこと

  

後者は前者に比べてちょっとレベルが上がる方法です。

  

    

   

   

「因」がなければ、「果」もない

   

「思い」を持たなければ、

  

「思いどおりにならない」という悩み苦しみの現象が存在しなくなります。

  

「贅沢をしたい」という「思い」を持たなければ、

  

「贅沢ができない」という悩み苦しみの現象は存在しなくなります。

  

「あいつに勝ちたい」という「思い」を持たなければ、

  

「あいつに勝てない」という悩み苦しみの現象が存在しなくなります。

  

「因」がなければ、「果」もないのです。

  

  

  

    

「思い」を持たないと「楽」

   

「世の中のことは思いどおりにならない」と思い定める方法は、

  

悩み苦しみをあるところまで取ってくれますが、

  

「思い」を持たない方法をとると、

  

「思いどおりにならない」という現象がどこにも起きません。

  

すると、悩み苦しみはどこにも存在しいないことになります。

  

  

「思いを持たない」が自分の身につくと、とても楽になります。

  

ところが現実は、この考え方を身につけることが難しい状況になっています。

  

というのは、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学へ行っても、

  

会社でも、家庭生活でも、社会全体でも、

  

「自分の思うようにならないのは、努力が足りないからだ。頑張りが足りないからだ。」

  

というふうに、世の中全体が洗脳されているからです。

  

「自分の思いどおりになるような努力をしない人間はバカだ、クズだ。

そこで諦めてしまう人間は意気地なしで、ろくでもないやつだ」

  

という価値観を、社会全体の中で教え込まれたのです。

  

世の中がそういう考え一色に塗りつぶされています。

  

  

「夢や希望を持って、それを語りなさい、それに向かって行きなさい」

という表現もあふれています。

  

夢や希望というのは耳にはいい響きですが、

  

よく考えてみると、結局は「足りないこと」を言っているにすぎないのです。

  

「あれが足りない。これが足りない。あれをよこせ。これをよこせ」と言うことを

  

夢や希望であると吹聴しています。

  

これは突きつめていくと、「エゴ」なのです。

   

  

私たちは9990の喜びを宇宙からいただいているのに、

  

足りない10個を挙げて、それを「寄こせ、寄こせ」と言っているのです。

  

「その10個を手に入れたら幸せだ。手に入らなかったら、不幸だ」と。

  

学校教育では、誰もの頭の中が完璧にそのように洗脳されてきました。

  

校長室に行くと、「夢」や「希望」と書いてあります。

   

  

  

「宇宙の構造」は、自分が足りないもの全てをリストアップして、

  

「それを手に入れなければ、バカだ、クズだという構造」にはなっていません。

 

それは人間が勝手に人間をかき立てるために考えた方法で、

  

「宇宙の本質」とは全く違います。

  

すでにいただいている9990のこと、目が見えること、耳が聞こえること、

  

食べられること、歩けること、文字が書けること、言葉を口にできること、

  

友人がいること、友人の2人目がいること、5人目がいること、10人目がいること、

  

ありとあらゆることが、「喜び」と「感謝」になっているはずなのに、

  

「あれが足りない。これが足りない」と並べあげ、

  

「それを手に入れることが努力であり、頑張りであり、成功することだ」

  

と、洗脳されてしまったのです。

  

そこにあるのは、「枯渇感」です。

    

  

  

「足りない。足りない。足りない」。

  

だから「やらなくちゃいけない、頑張らなくちゃいけない」

  

「向上しなくちゃいけない」と自分で自分をかき立てながら生きている。

  

これは「疲れます(憑かれます)」。

  

  

それでも努力や頑張りを信じている人がいても、

  

それはそれでかまいません。

  

長い時間をかけて「ほしいものを手に入れること。

  

そのために人の2倍、5倍、10倍とがんばって努力すること。

  

それこそが人間にとって大事なものだ」と洗脳されてきたのですから。

   

   

ただ、釈迦が「般若心経」で「苦」とは「思いどおりにならないこと」であり、

  

「五蘊(ごうん)は皆、空(くう)なのだ」と教えたことを味方につけるか、

  

社会の風潮を味方にするか、の違いです。

  

釈迦の言い分にちょっと耳を傾けてもいいと思います。

  

  

    

  

「思い」を持たない生き方

  

では、「思い」がなくて生きていくというのは、どういうことか。

  

それは、

「やる立場(やる羽目)になったら、やればいい」

  

ということです。

  

やる立場(やる羽目)になったら、ああだこうだつべこべ言わずにやります。

  

黙々とやる。やらないでいいのだったら、やらない。

  

やる立場(やる羽目)になったことで、

  

そうぜざるをえない状態になったら、私はやります。

  

  

病気をすること、事故に遭うこと、結婚すること、離婚すること、

  

ありとあらゆることすべてが、「自分の思いどおりになんかならない」

  

と思い定めた人がいるとすると、そこから先に苦しみはありません。

  

  

そこからもう一歩上がると、こうなります。

  

病気をした。いつ死ぬかわからない。

  

「いつ死んでもいい」という「思い」も

  

「早く死んでしまい」という「思い」もない。

  

でも、命を長らえている。

  

   

アレしてくれと言われた。

  

コレしてくれと言われた。

  

「はい、わかりました」とやっている。

  

頼まれたら、淡々と引き受ける。

  

「こうしなければならない」という思いがないのです。

  

「全部おまかせ」なのです。

   

「思い」がなくなると、人生が楽になります。

  

  

  

  

おしまい

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【小林正観】結婚して3年経つと愛情が別の感情へ変わる話

結婚して3年経つと愛情が別の感情へ変わる話

 

どうやら、人間の愛情というのは、

  

結婚してから「3年」でなくなるらしい。

   

結婚して、20年、30年続いている夫婦がいますが、

   

この人たちがどうして長く続いているのかというと、

   

結婚してから3年の間に、「愛情以外の別の概念」を作り上げることができたからです。

 

  

  

  

  

愛情以外の別の概念

   

愛情以外の別の概念が何かというと、「尊敬」という概念です。

   

愛情を永遠のものだと勘違いして、その愛情だけに寄りかかっていると、

   

結婚生活は破綻をきたすらしい。

   

「いつまでもこの人を愛し続けよう」と思っても、

  

「いつまでもこの人から愛され続けるだろう」と信じていても、

   

生物学的に見ると、愛情は、「結婚後、3年で終わってしまう」ようです。

  

  

  

  

  

3年の執行猶予

   

結婚すると、普通は「ゴールイン」といわれますが、

   

実は、結婚した瞬間から、「3年の執行猶予」がはじまります。

   

この執行猶予中に、

   

「愛情以上の価値観=尊敬」を作り上げることが「結婚生活」のようです。

   

では、どうすれば相手を尊敬できるようになるのでしょうか。

  

それは「常に相手の良い面を見つけること」です。

   

目の前の夫、目の前の妻を、

   

自分の思い通りにつくり変えようとするのではなくて、

   

「相手はこういう個性があって、自分とは違うものを持っているんだ」と、

   

丸ごと全部受け入れる(感謝する)。

  

そして、相手のすばらしいところ、社会のよいところ、

   

宇宙の楽しさを、自分の中で見出す訓練ができるようになると、

   

あれこれと批判、論評をしなくなり、

   

お互いを認め合うことができるようになります。

   

  

  

  

  

小林正観の場合

    

小林家では、結婚する前に、こういう話をしました。

「ケンカというものは、売る側がいて、買う側がいるから成り立つ。

私は売ることもしないし買うこともしない。

だから、そちらも、売ることもしないし買うこともしない

と決めてほしいのだが、どうだろうか?」

   

私も妻も、「売る」と「買う」を慎むようになると、

   

4つのチェックポイントができますから、

   

ケンカが起きにくくなります。

   

   

   

    

  

結婚の本質

  

同じ言葉を他人から言われたときは、

   

怒らないで踏みとどまることができるのに、

   

同じ言葉を妻(夫)から言われると、

   

すぐに腹を立てる夫(妻)がいます。

   

外では踏み止まれるのに、

    

家では踏み止まれない(正確に言うと「踏み止まらない」)

   

のは、「幼児性(ようじせい)」があるからです。

   

結婚は、何のために存在するのか。

   

じつは「幼児性を克服するため」に存在しているようです。

    

家庭というものは、自分を思い通す場所でも、甘える場所でも、

   

ストレスを発散させる場所でもありません。

   

家庭は「幼児性を削って大人になる作業をする場所」

  

として存在しているらしいのです。

   

結婚して、わがままが言い合える相手ができた状態になったとき、

   

いかに踏み止まって相手を受け入れるか。

   

それを問われているのが「結婚の本質」のようです。

  

  

  

  

  

おしまい

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【小林正観】幸せとは

幸せとは

   

   

   

  

お釈迦さまによれば

「苦」とは、「自分の思い通りにならないこと」の意

   

  

「あれが欲しい」「こうしたい」「こうなりたい」

  

という思いが強ければ強いほど、「苦」は大きくなります。

  

悩み苦しんでいる人ほど、強い思いを抱いているものです。

  

  

  

なぜ、「思い」が強いのか

  

なぜ、「思い」が強いのか?

  

「幸福」とは、「自分が欲しいものを手に入れること」

  

「望み通りのものを手に入れること」と定義され、

  

それを受け入れてしまったからです。

  

「自分が望むものをリストアップし、それを手に入れたら幸せなのだ」

  

「思いどおりになれば幸せなのだ」と洗脳されてきたからです。

  

  

  

あらためて考えてみます。

  

「幸せは、どこにありますか?」

  

「幸せという名の現象をここに運んできてください」と問えば、

  

誰も持ってくることはできません。

   

ダイアモンドは、持ってくることができます。

  

ガラスのコップも、持ってくることができます。

  

「では、幸せは?」と尋ねて、100人が100人、

  

「これがそうです」と言えるものは、ありません。

  

   

  

結婚式で、「幸せになれてよかったね」というような祝辞が述べられますが、

  

「結婚」は、「幸せへのゴールイン」ではありません。

  

単なる「スタート」です。

  

「二人が一緒になる」というのは、

  

「100人いれば、100違う人格同士が一緒になること」です。

  

「二人が折り合って生きていくこと」です。

   

自分を押しとおすわけにはいかなくなるので、

  

これから面倒なことが始まります。

   

  

  

ソクラテスの話

   

ソクラテスの妻クサンチッペは、「悪妻の代名詞」のように言われています。

  

しかし、ソクラテス側にも問題があった。

  

毎日、街角で弟子達と、一銭にもならない対話に明け暮れていた。

  

妻は、自分の仕事を持っていて、朝早く家を出て、仕事して、

  

夕刻帰宅して、食事の用意をして、

  

ソクラテスの面倒を見て、家を支えた。

  

妻が疲れて寝入っている午前2時か3時頃、

  

ソクラテスが帰ってきて、ドンドンとドアを叩く。

  

クサンチッペは、上の窓から、バシャっと水をぶっかけることもあった。

  

弟子達は、

  

「あんなひどい奥さんと離縁して、もっとやさしい女性をもらったら?」

  

と、すすめた。

   

  

ソクラテスは、答えた。

  

「良妻をめとった者は、世界一の幸せ者になれる。」

  

「悪妻をめとった者は、世界一の哲学者になれる。」

  

ソクラテスは「あれこれが気に入らない」と思うタイプの人ではなかった。

  

ソクラテスは「世界一の哲学者」になった。

  

  

 

幸せの本質

  

「幸せ」という現象が、どこかに存在するわけではありません。

  

「自分は幸せだ」と認識するかどうかです。

  

「ああ、今、幸せだ・・・」と自分が認識する。

  

「幸せの本質」はそれだけです。

  

  

  

  

  

おしまい

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【小林正観】悩み苦しみ

悩み苦しみ

   

   

   

2500年前、釈迦は「苦」を悟った。

   

  

「人間の生活は苦に満ちている。苦の集積である」

  

  

  

   

四諦

  

釈迦は、4つの真理を悟った。

  

  

それは「四諦(したい)」と言う。

    

  

①「苦諦(くたい)」 

・・・この世の迷いは一切が苦である。

  

②「集諦(じったい)」 

・・・苦の本質は執着である。

  

③「滅諦(めったい)」 

・・・その執着を滅することで悩み苦しみがなくなる。

   

④「道諦(どうたい)」 

・・・日常生活で、執着が出てきて、

その結果、悩んだり、苦しんだりした時に、

その悩み・苦しみを一つ一つ「滅する」

ということを実践して、

悩みや苦しみが消せる。

    

   

  

   

四苦八苦

   

釈迦が教えた「苦」には8種類ある。

   

四苦とは、「生老病死」。

  

①「生まれること」 

・・・これは自分の思い通りにならない苦。

  

②「老いること」 

・・・老いたくないと思っていても、思い通りにならない苦。

  

③「病むこと」 

・・・病みたくないと望んでも、病む。

思い通りにならない苦。

  

④「死ぬこと」 

・・・死にたくないと思っていても、いつか死ぬ。

これも思い通りにならない苦。

  

   

あとの四つは、

  

⑤「愛別離苦(あいべつりく)」 

・・・愛している人と別れなければならない苦。

  

⑥「怨憎会苦(おんぞうえく)」 

・・・怨んで憎んでいる人と会わなければいけない苦。

  

⑦「求不得苦(ぐふとくく)」 

・・・求めるものが得られない苦。

  

⑧「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」 

・・・五蘊(色・受・想・行・識)が

あまりにもシャープに働きすぎると、

そこからいろんな思いが生じて、

それが「苦」になる。

   

  

この4つを合わせて「八苦」。

   

これをまとめて「四苦八苦」と呼ぶ。

   

    

  

「苦」の本質

  

生老病死という「四苦」は「宿命」。

  

自分の意思では変えられない。

  

すでに宿っているもの。

  

あとの四つは「運命」。

  

「運命」は自分の日常生活や、人生の中で生じるものだから、変えられる。

  

だから、「宿命」と「運命」の二つに分けたのだ。

  

この「四苦八苦」に通底するものは「思い通りにならないこと」。

  

釈迦はそれが人間の「苦」の本質だと見抜いていた。

  

   

  

悩み苦しみが、ゼロになる

  

「苦」の本質を理解できさえすれば、

  

「『四苦八苦』とは宿命であり、運命である」と気づきさえすれば、

  

そのことで悩み苦しむ意味がなくなります。

  

悩み苦しみを、ゼロにすることができます。

   

   

 

  

   

おしまい

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【小林正観】過去の後悔で悩み苦しんでいます。どうすればいいでしょうか?

過去の後悔で悩み苦しんでいます。どうすればいいでしょうか?

   

   

「あのとき違う選択をしていたら、どうなっていたのだろうか?」

    

恋愛や、就職、結婚や仕事のことなどなど。

    

数え上げたらキリがないほど、後悔ばっかりだったし、反省することもたくさんあった。

  

   

    

今日の「私の判断」は、人生で最高峰、最ベテラン、最年長。

だから、後悔しなくていい。

    

ある男性から、次のような質問をいただいたことがあります。

「正観さんのお話をうかがった後、

しばらくの間は持続できるのですが、

日にちが経つと、つい未熟な行動をとって、後悔します。

いい状態を続けるには、どうしたらいいでしょうか。

すぐに後悔してしまう自分をなんとかしたいです」

  

結論から言うと

後悔するのは無意味だと思います

   

   

神社になぜ石段があるのか、ご存じでしょうか?

  

石段が「人生」を表しているからだそうです。

   

石段を上ることは「人生」です。

   

上りつめて、神様に近づいていきます。

  

でも、「まだ未熟ですよ、神様はずっと上にいますよ」ということを示すために、

  

そして、上ってきた「私」の人生を振り返るために、石段があるようです。

   

   

神社の石段にならって、「私の人格」について説明します。

  

   

例えば、今日、私が立っている石段から

   

「3年前の私」を見たとき(人生という石段を振り返ったとき)は、

  

かつての自分が未熟に見えるはずです。

   

未熟に見えるのは、

   

「あれから3年経って、その分だけ自分は成長しているから」です。

  

3年前の時点では、その時の「私」は、

  

「自分の人生の中で最も高い石段に立っていたはず」です。

  

ということは、3年前の自分が下した判断は、

  

その時点では、「最高の判断だった」と言えるのではないでしょうか。

   

  

3年前に、誰かに何かを言って、相手を傷つけてしまったとします。

  

今の自分は「あんなことを言わなければよかった」と後悔しているかもしれません。

  

でも、それは、「今の私」だからそう思えるのであって、

  

3年前に、その言葉を発した時は、まだ後悔していなかったはずなのです。

   

  

なぜなら、それまでの人生において「最も高い石段」に立っていたのですから、

  

「その判断も、その行動も、すべて正しかった」と思ったはずなのです。

  

今、「3年前の自分は未熟だった」と思うのは、当たり前のことです。

  

なぜなら、今の自分は、当時の自分よりも

  

「3年分、石段を上っている(成長している)」のですから。

  

3年前に、どんな事件や出来事があったとしても、

  

「私が最高峰にいたときに下した判断」なのですから、

  

後悔しても無意味だと、私は思います。

   

   

今日の私は、未来から見たら、最も若い。

  

過去から見れば、いちばん高いところにいるベテランです。

    

   

「今日、私が下した判断」は、

   

人生の中で最高峰、最ベテラン、最年長の判断です。

  

そう考えたら、後悔する必要はないのではないでしょうか。

  

  

「未熟なことをしてしまった」とクヨクヨするのは構いませんが、

   

クヨクヨするエネルギーを「もっと高く石段を上ること」に費やして見たらどうでしょう。

   

   

過去を振り返るエネルギーがあるのなら、

  

未来に向けて自分を向上させるために、一段でも高く石段を上った方がいいと思います。

   

  

「あのとき、あんなことをしてしまった」と思ったとしても、

  

それを受け入れ、肯定して、

  

「しょうがないよね」

   

と言いながら、自分自身と付き合っていけばいいのだと思います。

   

   

未熟な私を受け入れること。

  

「ああ、あのときは未熟だったな。不十分だったな」と受け入れるだけでいい。

  

  

いつまでも過去にとらわれ、後悔や反省をする必要はないのだと思います。

   

  

    

    

おしまい

   

出典:ありがとうの魔法(ダイヤモンド社・2017年)小林正観 著

   

   

    

P.S

  

過去の後悔は、それこそ誰にだってたくさんあります。

  

でも、「後悔しても仕方がない」ということ。

  

「やっちまったな」と思えるということは、

  

今のあなたが、「成長」しているからに他ならないのです。

  

だから、その当時を振り返ると「情けないな」と思うでしょう。

   

後悔や反省をするのは、とても大切なことです。

  

でも、

  

過去にどれだけエネルギーを注いでも、時間が戻ることはありません。

  

仮に、13年前、つらい失恋をして、大好きだった恋人を失ってしまったとしても

  

恋人が戻ってくることは、ありません。

   

だから、つらい気持ちを抱えながらでもいい。前に進んでいかなくてはいけない。

   

石段を一段一段登っていくように、毎日を生きるだけです。

   

「今」の「心」と書いて「念」。

   

「念」を入れて生きることです。

  

「今」にエネルギーを注いでいけば、より自分自身を成長させることができるし、

  

「夢」や「希望」はなくても、より明るい未来が待っています。

  

過去の思い出に浸ることはいいことだし、大切なことですが、

  

そこばっかりにエネルギーを注いだり、

  

後悔ばっかりするのは、辞めましょう。

   

「今」にエネルギーを注ぎましょう。

   

   

  

おしまい

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【小林正観】「自分で考えて行動できる子供」を育てることこそが教育

「自分で考えて行動できる子供」

を育てることこそが教育

    

  

  

  

 

一般的に

「良い子」とは、

「繊細や親の言うことをよく聞く子ども」

のことであり、

「悪い子」とは、

「繊細や親の言うことをよく聞かない子ども」

のことです。

  

 

では、

今まさに死にかけている

親の立場から、

子供を考えてみます。

  

 

「悪い子」は、

親にとって不満だった

かもしれませんが、

親は「安心して死んでいく」

ことができます。

  

  

なぜなら、

悪い子は、

親の言いなりにならず、

「自分の価値観」や

「自分の考え方」に

従って生きてきた

子供だからです。

  

  

  

一方で、

「良い子」は、

親の言うことを

すべて聞き入れてきた

子供です。

  

親がいなくなってしまったら、

果たして自分の考えで

生きていけるだろうか。

  

そう思うと、

親は不安になるかも

しれません。

  

  

  

つまり、

「悪い子」の方が、

親は安心して死んでいける

ことになります。

  

(ここで言う「悪い子」とは、

 「人に迷惑をかける」と言った

 意味ではありません。

 「先生や親の言うことを聞かない」

 と言う意味です)

  

  

  

  

先日、次のような

相談を受けました。

  

「大学4年の息子がいるのですが、

 『大学卒業したら、

  就職はしないで、

  半年くらい世界の国々を旅したい』

 と言い出しました。

 私は、

 『普通に就職して、

  普通に働いて、

  普通に暮らしてほしい』

 と思っているのに、

 どうしてこんな子供に

 なってしまったのでしょうか。

 どうしたらこの子の考えを直すことが

 できるでしょうか」

  

  

私は、この相談に、

次のように答えました。

  

  

「大変すばらしい教育をしたと思います。

 すばらしいお子さんに育てられましたね」

  

  

私は教育の専門家ではありませんが、

教育とは、

「みんなと同じことをする子ども」

に育てることではなく、

「自分で物事を考え、その結果、

 自分で自分の行動や生活、

 生き方を組み立てて

 いけるようにすること」

であると思います。

  

 

と言うことは、

「普通に就職をするのは嫌だ。

 世界を周遊したい」

という子どもを育てた母親は、

すばらしい教育をした

ということにほかなりません。  

  

   

  

しかもこの息子は

「旅費はすべて

 アルバイトをして稼ぐから、

 好きにやらせてほしい」

と申し出たそうです。

  

  

 

     

   

家に帰った母親が、

私から聞いたことを

息子に話したところ、

彼は

「お母さんが

 考え方を変えるのは

 大変だろうから、

 今までどおり、

 何も変わらなくていいよ。

 自分は自分の生き方で

 やっていくから」

と言ったそうです。

  

  

この母親は、

本当に素晴らしい子育て

をしたと思います。

  

  

  

   

   

  

日本は、

明治以降、

重工業や工業の

非常に高いレベルの

生産工場を作るため、

「高学歴の人材をたくさんつくる」

ことを目指してきました。

  

   

  

一方で、

「個性的で、自分の考えを

 自分の中に確立できる子ども」

を作らないようにしてきた

ように思います。

  

  

そのため、

親は、

「没個性的で同質的なものが正しい」、

「個性的なものは間違いである」

と信じ込んできたのではないでしょうか。

  

  

   

  

「悪い子」とは、

今の社会に対して、

「もっと改善の余地がある」

と思い、いつも分析をし、

自分なりに物事を考え、

提案している、

そういう人間のことです。

  

  

  

  

「平均的」で「一般的」

な子どもを育てることではなく、

「自分の価値観で生きていく子ども」

をつくることであり、

そのように子どもたちを

教え育んでいくことが、

教育の本質だと思います。

   

  

  

出典:ありがとうの神様

  

  

  

おしまい

  

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般若心経【解説】

般若心経【解説】

  

  

    

般若心経は、

お釈迦さまが、

舎利子(しゃりし)という知恵第一番尊者、

十大弟子の一番弟子に向かって、

   

「観音様がこういうときに、

 実は、お悟りあそばれたことなんだけどね、

 いいかい、舎利子くん」と、

  

話しかけるように教えを説いた言葉である。

  

  

  

  

   

✔️般若心経の正式名称:

摩訶般若波羅蜜多心経

(まかはんにゃはらみつたしんぎょう)

  

   

   

以下、般若心経、本文解説。

   

   

     

観自在菩薩(かんじざいぼさつ)

行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみつたじ)

   

【解説】———-

自在にものを見通す力を持った菩薩様、観世音菩薩が、

人類を救済するために、

より深い知恵を身につけようとして

行に励んでいたときのこと。

「般若」というのは

人類を救済する知恵のこと。

「波羅蜜多」というのは、

人類最高の、これ以上ないというもの。

——————–

  

    

   

照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)

  

【解説】———-

照らし見るに、

五蘊は皆、空(くう)なり、と

お見通しになった。

五蘊は全て、空(くう)なのだよ、と。

——————–

  

   

  

度一切苦厄(どいっさいくやく)

   

【解説】———-

一切の苦厄は、 

此岸(こちらの世界)から、

彼岸(神や仏の世界)に

あっという間に渡すことができる。

つまり「悩み苦しみというのは、瞬時に解決できる」

と観世音菩薩は、お悟りあそばれた

と言っているのである。

——————–

  

    

  

舎利子(しゃりし)

色不異空(しきふいくう)

空不異色(くうふいしき)

    

【解説】———-

舎利子よ、

色は空に異らず(色はカラである)、

空は色に異らず(カラは色である)。

——————–

   

    

   

色即是空(しきそくぜくう)

空即是色(くうそくぜしき)

    

【解説】———-

色は即ち、これ空なり、

空は即ち、色なり。

——————–

   

    

    

受想行識亦復如是(じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ)

  

【解説】———-

受・想・行・識もすべて

同じように出来ているのだよ。

つまり、

受即是空(じゅそくぜくう) 

     空即是受(くうそくぜじゅ)

想即是空(そうそくぜくう) 

     空即是想(くうそくぜそう)

行即是空(ぎょうそくぜくう) 

     空即是行(くうそくぜぎょう)

識即是空(しきそくぜくう) 

     空即是識(くうそくぜしき)

というようにやりなさい。

人間ひとつひとつの感覚レベルのものは、

すべて中身が空(くう)なのだよと、

舎利子に呼びかけている。

すべて「空」。

「空」とは、

存在するが、

特別な性格づけがされているわけではないのだよ。

——————–

  

   

  

✔️ポイント

「般若心経」は、この冒頭の2、3行で極まっている。

この中心テーマを伝えるために、あとは、いろいろなたとえ話をもっくる。

例えば、増加することもない、減ることもない、

汚いということもない、綺麗ということもない、と。

  

  

  

  

   

舎利子(しゃりし)

是諸法空相(ぜしょほうくうそう)

不生不滅(ふしょうふめつ)

不垢不浄(ふくふじょう)

不増不減(ふぞうふげん)

是故空中(ぜこくうちゅう)

無色(むしき)

無受想行識(むじゅそうぎょうしき)

  

【解説】———-

すべての存在物は、

空想の中にあり、

生じることも滅することも、

汚いことも綺麗なことも、

増えることも減ることもありません。

——————–

   

    

   

無眼耳鼻舌身意(むげんにびぜつしんい)

  

【解説】———-

眼で見える世界、耳の世界、

鼻の世界、舌の世界、

身体で感じる世界、

さらに意識の世界、

これももともとはない。

「五蘊皆空」がわかったら、

そうゆうものも関係がないのです。

——————–

   

  

   

無色声香味触法(むしきしょうこうみそくほう)

  

【解説】———-

色も声も香りも味も触覚も、

もともとない。

——————–

   

   

   

無眼界(むげんかい)

乃至無意識界(ないしむいしきかい)

  

【解説】———-

無眼界=「眼識」が無い。

乃至=「~から~まで」。

無意識界=「意識」が無い。

眼から入ってくる感覚や意識によって、

迷うことも無い。

——————–

    

   

    

無無明(むむみょう)

亦無無明尽(やくむむみょうじん)

  

【解説】———-

生まれる前の何もわからない状態が「無明」。

生まれる前の何もわからない世界というのもない。

また無明が尽きることもない。

——————–

    

   

   

乃至無老死(ないしむろうし)

亦無老死尽(やくむろうしじん)

   

【解説】———-

老いて死ぬことも、

尽きることもない。

——————–

   

   

無苦集滅道(むくじゅうめつどう)

  

【解説】———-

苦集滅道さえも、

自分が「思い」をもっていなければ、

もともとないのだ。

苦は、生老病死などの苦。

集は、苦の原因になる煩悩などの集積。

滅は、苦集が滅した悟りの境地。

道は、悟りに達する修行のこと。

つまり、人間には物差しがあり、基準があり、

そうあるべきだという考え方があるから、

そこに「思い」が生まれ、

論評や評価が生じ、

思い通りにならないと否定することになる。

悩み苦しみは、そこから生じるのだ。

——————–

  

  

   

無智亦無得(むちやくむとく)

以無所得故(いむしょとくこ)

菩提薩埵(ぼだいさつた)

依般若波羅蜜多故(えはんにゃはらみつたこ)

心無罣礙(しんむけいげ)

無罣礙故(むけいげこ)

無有恐怖(むうくふ)

  

【解説】———-

智を得ることもなく、

得することもない。

所有することがない故に、

それをもって、

知恵を得た方々は般若波羅蜜多に依ることで、

心の曇りがなくなり、

それゆえ恐怖もない。

罣礙(けいげ)は「心の曇り」。

——————–

   

  

     

遠離一切(おんりいっさい)

顚倒夢想(てんどうむそう)

究竟涅槃(くきょうねはん)

   

【解説】———-

神仏から見ると、

人間は、まるで逆さまの生活をしているようだ。

欲しいものを手に入れれば幸せになれると思っているが、

その執着が苦しみになっている。

それを一切遠ざければ、

涅槃(ねはん)の境地に至る。

——————–

   

   

   

三世諸仏(さんぜしょぶつ)

依般若波羅蜜多故(えはんにゃはらみつたこ)

  

【解説】———-

三世は、前世、今世、来世。

その三世諸物は、般若波羅蜜多に依(よ)るが故(ゆえ)に、

——————–

  

  

  

得阿耨多羅三藐三菩提(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい)

故知般若波羅蜜多(こちはんにゃはらみつた)

   

【解説】———-

最高の、至高の、

これ以上ないという言葉を三つ重ねて、

そのすばらしいものを得たがる故(ゆえ)に、

般若波羅蜜多というものを得たがるが故(ゆえ)に、

ただひとつの言葉に向かって進めばよい。

と、気がつくのです。

——————–

   

   

  

是大神呪(ぜだいじんしゅ)

是大明呪(ぜだいみょうしゅ)

是無上呪(ぜむじょうしゅ)

是無等等呪(ぜむとうどうしゅ)

  

【解説】———-

「是大神呪」=仏の智慧は大いなる神のことばである。

「是大明呪」=無明を明らかにしたもの、一切の智慧。

「是無上呪」=これ以上無い最高の真言。

「是無等等呪」=これに等しい真理は無い、比べるものが無い。

——————–

   

   

  

能除一切苦厄(のうじょいっさいくやく)

真実不虚(しんじつふこ)

   

【解説】———-

すべての一切の苦を取り除くものである。

これが真実のことであり、

偽りではない。

——————–

   

  

   

故説般若波羅蜜多呪(こせつはんにゃはらみつたしゅ)

即説呪曰(そくせつしゅわつ)

  

【解説】———-

故に、仏の智慧のことばを説くと、

以下のとおりである。

——————–

  

   

  

羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)

波羅羯諦(はらぎゃてい)

波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)

   

【解説】———-

羯諦は「行こう、行こう」

という意味に相当する。

レッツゴーということ。

何も考えず行こう。

実践すればいいのだ。

ただ、実践的に生きていけばいいのだ。

——————–

  

   

   

菩提娑婆訶(ぼじそわか)

般若心経(はんにゃしんぎょう)

  

【解説】———-

これで成就しました。

これで落ち着きました。

般若心経、これにて終わります。

——————–

  

  

  

   

✔️ポイント

「般若心経」は、「五蘊皆空」に尽きます。

「五蘊は皆、空なり」。

それがわかったら、

あとは、ない、ない、ない、と続きます。

だから、羯諦羯諦だけを言っていればいい。

これはレッツゴー(let’s go)ですから、

「此岸から彼岸へ渡ろう」

「ただそれだけを考えて向こう岸に行こう」

と教えているのです。

  

  

   

  

  

おしまい

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悟りの言葉「色即是空」【解説】

色即是空

   

  

  

  

「色即是空」とは、

「色即ち(いろすなわち)是れ空なり(これくうなり)」

  

色すなわち、

この本質は空(くう)。

  

空(くう)とは、

良い悪いなどの評価・論評・価値判断など

性格づけされていない状態で、

これをお釈迦さまは「空(くう)」といった。

  

  

   

   

  

  

悟りの言葉「色即是空」

  

    

お釈迦さまは、なぜ、

般若心経だけは、どうしても

後世の人に伝えたかったのだろうか。

  

  

私たちが、

「楽しい」とか「つまらない」と言っているその現象は、

「楽しい」とか「つまらない」現象のように

存在しているわけではなく、

淡々とした何の色もついてない空(くう)である。

   

   

つまり、「色即是空」、

「色とは即ち是れ空なり」、

ただ色をつけているにすぎないことを、

いいたかったのではないか。

  

  

もし、このことが

本当に理解できた人は、

その瞬間から、

悩み・苦しみ・苦悩・煩悩から

解放される(解脱する)ことができる。

  

  

お釈迦さまが発見した

「幸せ」に到達できる方法論は、

「四諦」だけでなく、

この「色即是空」というものの見方でもあった。

  

お釈迦さまが見つけた幸せに至る

たくさんのルートのうち

そのひとつが「四諦」であり

またこの「色即是空」も

かなり重要な悟りの言葉だった。

  

  

おしまい

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般若心経【全文】

般若心経

  

  

摩訶般若波羅蜜多心経

まかはんにゃはらみつたしんぎょう

  

観自在菩薩

かんじざいぼさつ

  

行深般若波羅蜜多時

ぎょうじんはんにゃはらみつたじ

  

照見五蘊皆空

しょうけんごうんかいくう

  

度一切苦厄

どいっさいくやく

  

舎利子

しゃりし

  

色不異空

しきふいくう

  

空不異色

くうふいしき

  

色即是空

しきそくぜくう

  

空即是色

くうそくぜしき

  

受想行識亦復如是

じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ

  

舎利子

しゃりし

  

是諸法空相

ぜしょほうくうそう

  

不生不滅

ふしょうふめつ

  

不垢不浄

ふくふじょう

  

不増不減

ふぞうふげん

  

是故空中

ぜこくうちゅう

  

無色

むしき

  

無受想行識

むじゅそうぎょうしき

  

無眼耳鼻舌身意

むげんにびぜつしんい

  

無色声香味触法

むしきしょうこうみそくほう

  

無眼界

むげんかい

  

乃至無意識界

ないしむいしきかい

  

無無明

むむみょう

  

亦無無明尽

やくむむみょうじん

 

乃至無老死

ないしむろうし

  

亦無老死尽

やくむろうしじん

   

無苦集滅道

むくじゅうめつどう

   

無智亦無得

むちやくむとく

  

以無所得故

いむしょとくこ

  

菩提薩埵

ぼだいさつた

  

依般若波羅蜜多故

えはんにゃはらみつたこ

  

心無罣礙

しんむけいげ

  

無罣礙故

むけいげこ

   

無有恐怖

むうくふ

   

遠離一切

おんりいっさい

  

顚倒夢想

てんどうむそう

  

究竟涅槃

くきょうねはん

  

三世諸仏

さんぜしょぶつ

  

依般若波羅蜜多故

えはんにゃはらみつたこ

   

得阿耨多羅三藐三菩提

とくあのくたらさんみゃくさんぼだい

  

故知般若波羅蜜多

こちはんにゃはらみつた

   

是大神呪

ぜだいじんしゅ

  

是大明呪

ぜだいみょうしゅ

  

是無上呪

ぜむじょうしゅ

  

是無等等呪

ぜむとうどうしゅ

  

能除一切苦厄

のうじょいっさいくやく

  

真実不虚

しんじつふこ

  

故説般若波羅蜜多呪

こせつはんにゃはらみつたしゅ

  

即説呪曰

そくせつしゅわつ

  

羯諦羯諦

ぎゃていぎゃてい

  

波羅羯諦

はらぎゃてい

  

波羅僧羯諦

はらそうぎゃてい

  

菩提娑婆訶

ぼじそわか

  

般若心経

はんにゃしんぎょう

  

  

  

  

おしまい

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五蘊皆空【解説】

五蘊皆空

  

   

  

「般若心経」というお経は

わずか二百六十二文字。

その中心は「五蘊皆空」。

   

  

「五蘊」というのは、

人間が抱いている

「色・受・想・行・識」という

5つの感覚レベルの事。

   

  

「色」は形あるもの。

--人間の姿形も「色」。

  

その形あるものを見て、

何かを感じ受け止めた。

--それが「受」。

   

受け止めた結果、何か想いが生じた。

--これが「想」。

   

想いの結果、何か行動を起こした。

--これが「行」。

   

それがどういう結果になったのかという

認識を持った。

--これが「識」。

  

  

この「五蘊」が活発になり、

盛んに作用すると、

いろんな想いが生じて、

それが苦になる。

   

  

しかし、それもこれも、

「五蘊皆空」(五蘊はみな空なり)。

   

  

人間が感覚として抱いている、

「色、受、想、行、識」というものは、

みな「空」。

   

  

色、そして受も想も行も識も

本当は「空」。

   

  

宇宙的な性格づけはされていないもの。

   

  

人間一人一人がそれぞれ勝手な

「思い」をもって、その「思い」を基準にして

ああだこうだと評価したり論評したりして

右往左往しているだけ。

  

   

現象そのものは確かに存在するが、

あらゆる現象には色がついていない。

  

  

自分自身の「思い」というものさしで

勝手に色をつけているだけなのだ、

というわけ。

  

  

色がついていないことが「空」。

  

  

「五蘊皆空」のすぐあとに、

「度一切苦厄」という言葉が続く。

  

  

「五蘊皆空」がそういうものだと

分かってしまえば、

あとは「度一切苦厄(苦しみは瞬時に解決できる)」ですよ。

  

   

一切の苦厄をこっちの岸(此岸)から

あっちの側(彼岸)に、

あっという間に渡す事ができる。

  

  

つまり「一切の苦厄(人間の悩み苦しみ)は、

瞬時に解決できる」ということを、

釈迦は言いたかった。

  

  

精神世界では、

「目の前の事象はただ起こっているだけ」

「それに意味をつけているのは自分自身」

と言われる。

   

釈迦はすでにその事を

二千五百年も前に悟って

私たちに伝えていてくれていたのだ。

  

  

  

  

おしまい

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