幸せは「私」が感じるものなのです
おしまい
幸せは「私」が感じるものなのです
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「今」どう生きるか
おしまい
トイレ掃除をして
「自我」というゴミを
取り除いてやれば
宇宙の無限のエネルギーが
流れ込んでくる
おしまい
人生は用意したシナリオ通り
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親離れ子離れの話
今の若い子は親離れできてない。
親に対して
嫌悪感を持たないと
成長できない。
一生、恨まれたくなかったら
『自分の欲のために、
子供がやりたいことがやれなくなって、
多分、あなたが死んだ時に
「あなたのせいで、やりたいことができなかった」
っていうのを多分思って
〇〇を蹴ったりすると思うんですよね』
『どうせ(家を)出ますよ、優秀な子は』
子供を自由にさせて
好かれた方がいいんじゃないですかね
子供中心は大切。その分、依存してしまう。
主人や奥さん、家族を犠牲にしてしまう。
自分自身は何をしていいのか分からなくなる。
子供に執着、依存する育て方をしてはいけない。
その子にはその子の人生がある。
あまり干渉しないこと。
時には突き放すこと。
仲良くいたいのは当たり前だけど
良かれと思ったことが仇となる。
ベタベタした人間関係はしない
親は口を出してはいけない
上司と部下の難しい関係があるように
親と子にも、難しい関係がある
心の教育とは、自律させること
最終的には
経済的にも、精神的にも、
親も子も、旦那も、嫁も
全員が自律すること
友達は、大事
たくさんいる必要はない、少なくて良い
人数より、質、濃い関係
親は親で、自分のコミュニティを作れば良い
隣人の科学
大学進学?
会社就職?
結婚子育て?
マイホーム?
立派な大人とは?
子育ての最終目標は『自律』
『子供は、自分の所有物』ではない
理想の子離れ《3つの教え》
1 感謝
・上司、部下、仲間、お客さんへの感謝
2 しつけ
・生きていく上で最低限必要なこと
・お金の貸し借りはしないこと
3 自律
・クマの子離れのはなし
・自分が成功した時には
親は先立っているかもしれない
・親の心配が子供の心にブレーキを掛ける
・親はいつか先にこの世を離れる
六方礼経(仏教)の中で言われる
ろっぽうらいきょう
子供を自立させるために
親が取るべき5つの行動
1 子供を悪いところから遠ざける
2 子供を良きことに入らしめる
3 技能を習得させる
色々な生きていくための技術、知識、等
4 適当な時期に結婚させる
5 適当な時期に相続させる
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脱力のすすめ
「おまかせ」で生きる幸せ論
「おまかせ」で生きる幸せ論
全国での講演から厳選した
「心を軽くする」人生論決定版
「思い」を持たず、笑顔で受け入れ、
がんばらなければ、幸せで、楽な人生。
「思い」があるから、悩み、苦しみが生まれる。
「思い」をもたず、笑顔で受け入れると楽。
がんばらなくても、努力しなくても、幸せにはなれます。
あなたは、すでに十分幸せなのだから。
「努力をしてきた。がんばってきた。でも、少し疲れた」という人は、
この本を読んでみてください。
少しですが、疲れがとれるかもしれません。
――小林正観(「はじめに」より)
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私は私のままで生きることにした
人と比べて、何になる?
誰かと比べて生きるなんて、
もうやめたらいいよ。
世界にたった一人しかいない“自分”を大切にして生きていくために、
忘れないでほしい70のこと。
■自分からみじめになってはいけない
■誰かの期待に応えようとしてはいけない
■自分以外の何者かになろうとしないこと
■自分が輝ける場所で生きていく
■すべての人に理解されようとしなくていい etc.
キム・スヒョン
イラストレーター・作家。
まじめだけど深刻ぶらない、明るいけど軽くはない人。
美大には行ってないけれど、
絵を描くのが好きで、デザインを勉強したことがある。
文系とデザインのあいだにいて、
現在はイラストを描き文章を書いている。
韓国では本書の他、3冊の著作がある。
◆Instagram⇒@217design
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✔️参考動画
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頭を空っぽにしよう
サイクリング × 瞑想
サイクリングが持つ瞑想にも
似た特性はしばしば話にもなりますが、
実際はそれ以上の力を持っています。
自転車に乗ることで頭を空っぽにすることができる
その仕組みを、科学的に紐解いてみましょう。
出典:Rapha
人生はストレスで溢れています。『すべてをきちんとコントロールできたら』と、私たちは幻想を抱きますが、どんなにきちんとしていたとしても、さらに多くを求めてしまいがちです。仕事では、雪崩のように押し寄せる突然のメールや予定になかった打ち合わせなどに、やるべきことが邪魔されます。1日が終わるころには、穏やかな表情も消え始め、1日中回し続けていたお皿が今にも床に落ちてしまいそうです。そして、それだけでは終わりません。時として、家でもカオスは続きます。
出典:Rapha
長年の間、サイクリストたちはサドル上での時間を瞑想の時間として過ごしてきました。彼らは、ライドをしたいという欲求そのものではなく、定期的にライドを行う『必要性』について度々語ります。定期的な運動で気持ちが晴れるのとは別に、サイクリングは日常の中のカオスから逃れるための、意味深い解決法を教えてくれるようです。ラファの『アウトスカーツ(Outskirts)』:ルート66に出演したオーストラリア出身パトリック・ドラパックは、フィルムの中でその感覚をこう話します。「自転車に乗っている時ほど満足感を感じる時間はない。依存してますね。サイクリストであれば、この気持に同意するでしょう。サイクリングは私にとって、永遠のセラピーです。いつもライドへ行き、自分自身を取り戻しています」
出典:Rapha
元シクロクロスのイギリスチャンピオンであるヘレン・ワイマンもまた、自転車に乗ることによって瞑想に似た体験をしています。彼女はかつてレースのキャリアを追求するのと同時に、フルタイムの仕事をこなしており、自転車こそが日々のストレスから逃れるための儀式だということに気づきました。「私にとって自転車は自由そのものです。自分の力だけで、いつでもどこへでも行けるのですから」と、彼女は言います。「晴れた日に追い風のなか、静かなサイクリングロードを鳥やコオロギの鳴き声を聞きながら走る。これ以上の喜びはありません。世界のすべてがここにあるような気がします。まさに天国です」
出典:Rapha
ロブ・コープランド教授のような心理学者曰く、自転車に乗ることは、髪が風で乱れるだけの「行動」ではないのです。「サイクリングと幸せの繋がりについて、よく研究された心理的なメカニズムがいくつもあります。その中の1つは、自主性です」と、彼は言います。「私たちの人生において、自分の手でコントロール出来ることは実はほとんどありません。しかしサイクリングは私たちにコントロールできることを与えてくれます。走るスピードや方向。そしてライドする時間など。日々の生活や人生のほとんどとは違い、サドル上では誰かの思惑やプレッシャーから逃れ、自分の意思で自由な選択ができるのです」
出典:Rapha
自転車に乗っている間、あなたはどんなことを考えていますか? 思い出すのに苦労しているのであれば、特にこれといって何も考えていないのかもしれません。シェフィールド近くの地元の道を抜けると、過去も未来もコープランドの頭の中から消えて行きます。「大腿四頭筋が痛み始めたら、その痛みを感じ、それ以外には何も考えられなくなるものです。でも、ひとたび自転車を降りるとそうはいきません。私たちは常に未来を心配したり、過去に囚われクヨクヨしています。心理学的に言うのであれば、私たちは常に、高レベルのストレスホルモンと結びつく『活性化』した状態にあります。自転車に乗ることは、何も考えない時間、精神的なリラックス状態を得るための重要なカギとなります」
出典:Rapha
ライドをすればするほど、頭を空っぽにすることができます。さらに、自然に身体が強くなり、より能力のあるライダーになれるのです。コープランドが『達成経験』と言及する、自信がついてくると発動し始めるもう1つの強力な心理的メカニズムがあります。「皆、何かがどんどん上手くなっていく感覚が好きです」と、彼は説明します。「個人がタスクを達成できるための認知能力は、本質的に自信、自尊心、そして幸福に関係しています。頻繁にライドに行けば行くほど、より強く、能力の高いサイクリストになれるでしょう。これは、肉体的に明らかにプラスなだけでなく、精神的な健康を保つのにも役立ちます」
出典:Rapha
定期的なライドがもたらす肉体的な効果はよく知られていますが、ライドは自由と心の穏やかさをももたらし、多くのサイクリストの心を捉え、毎週毎週ライドへと繰り出させるのです。風に髪がなびいている間、自分でコントロールすることができ、その瞬間を生き、そしてスッキリとした頭で自由な発想をすることができます。
出典:Rapha
日常の中のカオスから逃れる方法
自転車こそが
日々のストレスから逃れるための儀式
自転車に乗ることは、何も考えない時間、
精神的なリラックス状態を得るための重要なカギ
サイクリングは私にとって、永遠のセラピー
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マンガでやさしくわかるメンタルヘルス
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うつ病の増加や、2万人を超す自殺者。
メンタルヘルスの問題は誰にとっても他人事ではない。
では、心の健康とは?そもそも心とは?
いったいどんな状態を「心が病む」というのでしょう。
身近に起こりうる心の病、
悩みなどをバーに集う人達が
織りなす6つのストーリーでさわやかに描かれている。
併せて詳しい解説を読むことで、メンタルヘルスの基本が学べる。
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